年末のご予定はお決まりで


文化祭が終わってすぐ、三年生の野外実習についていった。
夏休みぶりの魔法機械都市での野外演習は、都市民を守るため、都市の秩序をそこそこ守るためにある警備隊の実習だった。
その警備隊の実習担当者が、どうにもこうにも食えないおっさんで、俺はくたくたになって学園に帰還した。
だから帰ってすぐ、寮の食堂で管を巻いてしまったのも仕方ない行為だと思う。
「……良平、話きいとらんやろ」
「おー、んーんー。聞いてる聞いてる」
俺の向かいの席で携帯端末に表示された魔法ニュースを読みながら、良平は適当に答えてくれた。これは聞いていないに違いない。
「良平なんて、わんこに掘られてしまえ」
「あーあーそうですねー叶丞も掘られるといいですねー」
悪口はしっかり聞いているようで、何気なく流された上に恐ろしい反撃までされてしまった。
「ややわぁ、掘られるとか一生ご遠慮するわ。ほんで、こっちはなんかあった?」
魔法ニュースを読み終えたのか、端末から顔を上げて、良平が首を振った。
「なにも。そろそろ年末だが、祝祭はどうするんだって話したくらいか」
俺が実習から帰ってくると、すっかり学園では祝祭休暇を楽しみにする生徒であふれていた。
約六十日ある夏期休暇に比べると、高々九日くらいしかない休みであるのだが、祝祭という一年の終わりと始まりを祝う祭りが七日間あるために、学園にいるほとんどの人間が冬期休暇を楽しみにしていた。
「祝祭なぁ……良平、祝祭帰るん?」
「帰る帰る。ワンコも強制的に帰らせる。で、お前はどうすんの?」
実習を担当していたおっさんの酷さを話すのに夢中になって止まっていた箸を動かしながら、俺は前回の祝祭に思いを馳せる。
「そうなぁ……帰らんわ。なんや、前の時えらい目におうてるし、この前、一応帰ったし」
「ああ。なんか、疲れて帰ってきたよな、前も」
「そう。それに、祝祭て稼ぎ時やん?商業都市あたりは短期の仕事あるんやないかと」
「仕事?金ほしいの、叶丞」
追求がよく金儲けをしていることや、良平が本や実験道具を買うために金欠になっていることは仲間内でよく知られていたが、俺が金を求めることはあまりない。
魔法機械都市の仕事を実験という名目で受けているし、新しい魔法石の使用感のレポートを書いて小遣いを稼ぐこともある。
あまり困っていないといえば困っていないが、三年生に自己紹介をした時から魔法石の補充ができていないのには困っていた。
魔法石の研究は日進月歩ではあるが、そうそう使用感レポートを求められるような大きな動きはない。
俺が外にでてしまったということもあり、完成に近いものしか触らせてもらえないのも原因だ。
おかげで、実入りは少ないうえに、魔法石ももらえていない。
「石、補充しとうてなぁ」
「そう思えば、ねーつってたな。この際だから銃一本でいくっつうのは」
「銃一本とか、あっと言う間に成績不振やで」
「いや、早撃ちはベタ誉めじゃねーか」
俺は箸で肉団子を半分にしたあと、添えられていた野菜でそれを包んだ。
良平が何故か口を開けているが、俺はそれを無視する。
「この学園、基準が上がる一方やからなぁ。何か欠けたとか理由にならんし、考慮もされん」
「ああ、それは確かに」
青磁が神槍とまで言われたにも関わらず、この学園を一度退いた理由がそこにある。
青磁のことは、もちろん俺より知っている良平は、それで納得してくれたようだ。頷く代わりに俺の皿にある肉団子をさりげなくさらっていった。
「ほんで、俺は短期の仕事探すとして、他の連中とかやっぱ帰るもんなん?」
「連理と将牙と一織以外は帰るみてーだけど」
「一織はしょうがないし、将牙もいつものことやけど連理?」
「ちょっと帰りたいと思えないからっつってた」
俺は良平の手を箸を持っていない方の手で邪魔しながら、首を捻る。
連理こと追求は、魔法を研究し、使うが、魔術よりも法術を得意としている。法術が盛んなのは二つの宗教国だ。
もしかしたら、追求はそのどちらかの出身なのかもしれない。
だが法術が得意だからといって、魔法機会都市より外に出ることが困難なその国の出身だと思うのは早合点もいいところだ。
それでも、もしその国の出身なら、帰りたくないと思うのも頷ける。
二つの宗教国は、長い間、争いをしているからだ。
元をたどると神様にちなんだ祭りの日だというのに、二つの国の一部地域では、その争いをやめない。
「俺みたいにこき使われたりもみくちゃにされたりされるんやろか」
自分自身の考えを否定するため、違う推測を声に出す。
声に出した推測は可能性としては、追求が宗教国の出身であると考えるより高い。
「かもなー」
「ほなら、あいつ等も巻き込んでわりのええ……」
良平がなおも肉団子を狙いながら首を横に振った。
「祝祭つったらふつうは故郷で祝うもんだし、そうでなかったら遊びとか行くだろ……あ。一織がかえらねーつったら、和灯が雇うからって誘ってた。お前も雇ってくれるんじゃねーの?」
和灯というと商業都市の出身で、しかも技芸団の一員だ。
祝祭の技芸団は、祭りを盛り上げるために大忙しだ。和灯についていけば、確かに仕事にはありつけそうである。
「んーせやったら、聞いてみるかな」
「おー」
俺は良平と肉団子を取り合いながら、少しだけ良平の言うところの『遊び』とやらに思いを馳せた。
祝祭はどこでも盛大に祝われる。
この学園でも、学園のためにできた村やこの学園にのこった人間で、それなりに騒ぐ。
どこに行ってもお祭りを楽しめるため、故郷の祭りに飽きた人や、他の場所での祭りに興味のある人は他の場所で祝祭を楽しむのだ。
良平のいうところの遊びとは、他の土地の祭りに行くことで、旅行のことだ。近頃は交通手段も豊富にあるため、そうした祝祭のすごし方がはやっているらしい。俺も自由に行動できるうちに何日か旅行をしてみたい。
都市のルールもあるが、学業を終了して仕事だけをするようになったら、旅行をすることはできなくなってしまうかもしれないからだ。
「卒業したあと、ちょっとだけ待ってくれたらええなぁ」
「何が?」
口をついて出た言葉に、良平が少しだけ怪訝そうな顔をした。
俺はしっかりと良平の魔の手から肉団子を守って、食べきると、手を合わせた。
「ま、おいおい」
「ふーん、おいおいねぇ……」
早めに言っておかなければ、この相方はさくさく自らどこかへ行ってしまいそうだ。
進路を決めなければならない三年になるまでに、言うことにした。
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