食堂で、おいしく楽しく夕飯をいただいた後、俺はすぐに和灯の部屋へ向かった。
和灯は比較的いつでも会える人なのだが、仕事に必要な人員が集まってしまうのは早いかもしれない。
いつ、一織を仕事に誘っていたかは解らないが、聞くなら早い方がいいだろう。
そう思ってのことだ。
「おみやげはあるのかな?」
部屋で出迎えてくれた和灯は手のひらを俺に向けて、小さく笑った。
「みやげ話やったら、ちいとあるわ」
「食べ物がよかったなぁ。まだ食べてなくて」
「そら残念。なんやったら、買うてくるけど?」
和灯が部屋の奥に向かって声をかけた。
「なんか食べる?」
和灯越しに見えたのは部屋の奥のソファにだらけて座っている一織だった。軽く手を振ると、まるでなにも見えなかったように視線を逸らる。
冷たい。そうしていると、会長そっくりだ。
「食べないって」
「そうみたいやな」
「じゃあ、僕の分だけ。サンドイッチとかでいいよ」
「飲み物は?」
「あるから大丈夫」
そして俺は一度食堂に戻った。



食堂から和灯の部屋に戻っても、一織は最初に見たときと同じソファに少し姿勢を正して座っていた。
「ねぇ、なんかあった?」
一織はあくまで目を合わせてくれなかったし、何か少し気まずげでもある。
それもそうだ。一織は俺に告白をして振られたのだ。気まずい思いもするだろう。
しかも、文化祭のあとすぐに実習に行ってしまったため、顔を合わせなかったのも気まずい空気を助長させた。
普通、俺のように平気な顔をして手を振ったり、視線が合わないのが面白くて、わざと視線を追ったりはしない。
「なんかあったかどうかは、俺からは言われへんわ。やから、それは置いといて。良平に聞いたんやけど、人手ほしいんやって?」
和灯は人の事情を察してくれるし、あまり深くつっこんできたりはしない。流そうという意識が見られれば、簡単に話題を変えてくれる。
「あ、そうそう。もしかして、叶丞くんも人手になってくれるのかな」
「それ、お願いしにきてん」
俺が軽く頷いて肯定すると、一織が思わずといった体で俺を見た。
わざと視線をむけていたため、ばっちり目が合い、逸らすにそらせなくなった一織が、苦い顔をする。自然と頬が緩んで、そのあと舌打ちされてしまった。
「やった。ちゃんとお給金もでるからね」
「あ、そや、それ大事やわ。どれくらい出るん?」
「基本は決まってて、日給が八千。一日八時間くらい働いてもらうよ。あとは歩合制だね」
「基本がそれっちゅうことは、それなりに重労働ちゅうことか……」
一般的に時給は八百だ。日給は働く時間にもよるが、だいたい六千から七千。八千から一万となると、かなり身体を使うと覚悟した方がいい。
その上、歩合制というのも気になる。
「あと、歩合制ってなんや」
「一織さんには、さっき話をしたんだけど、募集してる人員は二枠あってね。芸をしてもらう人と、雑用をしてもらう人」
「ふうん……って、何素人に芸やらしとるん」
一織が俺が驚いて視線を和灯に向けたのをいいことに、再びぎこちなく視線をずらした。そこまで視線を合わさないようにがんばっている様子をみると、さすがに俺も気まずげにした方がいいのかと思ってしまう。
「素人っていっても、暗殺者くらいナイフの扱いがうまければ、もう、立派に芸になるし、君くらい芸達者なら、見せ物にはうってつけ」
「いや、芸達者ちゃうし。ほなら、芸をするんやったら基本給プラス歩合ちゅうことか」
「そう。話が早くて助かる。さすが、魔機の出身の人は違うね」
魔法機械都市の人間は、働けると判断した時点で大人扱いで、いくつでも働けるのならば仕事ができる。
学生も金持ちでもなければ、働きながら学ぶというのが普通だ。俺の家は金持ちではないが、転校する際に成績如何で授業料は免除になっているため、俺はそこまでがつがつ働く必要はない。
あとの必要経費は、俺が都市にいた頃に貯めた金や、研究機関との契約やちょっとした仕事で賄われていた。母から仕送りなどはないが、困ったら頼りないと言われている。今のところそこまで困ったことはない。
「いうても、芸なぁ……」
「ちゃんと試験もあるからさ。一応やるだけやってみるといいよ。だめだったら、雑用になるだけだし」
「そやな。金はあって、困るもんちゃうし」
先ほどから黙っていた一織が、話もまとまろうというときに、これもまた気まずげに声をだした。
「……キョー、スケも来るのか?」
「あ、ひぃはもう行くって決まっとるかんじやんな」
あまりにも気まずそうであるし、俺に対する態度も決めかねているように見える。
視線はわざと見つめている俺のせいか、心持ちのせいか、一織らしくなく彷徨っている。
「そうだよ。いや、それにしても、一織さん。さすがに僕もそこまでされると気になるなぁ。告白でもした?」
一織が俺を気に入っているというのは、ある時から隠されたことがない。この学園にいるなら、大抵の人間がそう言ってからかうことができる。
悪態をつくでなく、そうだと答えるでもなく。ただ、俺の視線から逃げる一織に、俺は苦笑してしまった。
「俺は気にしとらんで」
「少しは気にしろ!」
やっともう一度目を合わせて、俺を怒鳴りつけた一織は、俺の顔を見て、盛大にため息を吐いた。
「くそ……ッ、てめぇに気まずいとかバカらしくなってきた……」
顔を覆って、しみじみと呟かれてしまった。
「そっか、告白したのか……で、これってことは振られちゃったのかな……そっか……。一織さん」
「なんだ?」
「仕事頑張ろう?」
「よけいなお世話だ」
そこまで親しいわけでもない和灯相手に、副会長の仮面がすっかり剥げているのも気にせずに、一織はまたため息をついた。
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