「飛び道具は、ちょっと勘弁したってや……!」
俺は普段よりも大きく大げさに横にそれるように、結界の壁に沿って逃げながら、右手に素早くライカを握ると、近寄ってくる一織の足元に打ち込み牽制する。
人形使いはどうやら床にも結界を張ってくれたらしい。弾が木製の舞台を貫くことなく弾かれた。
「お前がそれを言うな」
一織のいうことはもっともだ。
俺の主要武器は飛び道具である。
「せめて、隠し系はッ」
それでも追いかけてくる一織の足止めにするため、魔法石を投げる。一織が大きく後退してくれたため、展開というタイミングさえなかった。そう、魔法石で結界に閉じ込めることは出来なかった。
「だから、お前が言うな……!」
まったくその通りだ。
魔法石など、魔法が展開するまで何が出てくるかわからないサプライズボックスだ。術式や術言が読み取れたのならば解るかもしれないが、出るにしても一瞬であるし、ばれるようなことがあれば、こちらが不利だ。それは隠しもする。
「いやでも、身体能力的差っちゅうもんが!」
「それも、お前が言うな……ッ!」
弾に追尾されながら、もう一度俺に向かって一織がナイフを投げ、そのあと、もう一つ追尾弾に向かってナイフを投げた。追尾弾はナイフに当たり四散し、俺はまた大げさにかつ無駄な動作を交えてナイフから逃げる。
今度は左手からだ。
それは、服の袖から出てきたように見えた。どうやら、袖の下にナイフは隠されているらしい。
袖の下に隠すのはナイフではなく、金銭であってほしいものだ。
ナイフと同様、後ろ暗いことに使われそうであるが、今このときはそちらのほうがいい。
一織なら投げ銭も出来そうなので、できるなら紙の金がいい。
紙の金まで凶器にしようものなら、お手上げである。
「いやいやいや」
「てめぇの反則みたいな動態視力で俺の身体能力をどうこう言えるか!」
言えないみたいなものいいであるのだが、俺の目がよくとも体がついていかねば意味はない。
一織の鍛えられた脚力や腕力、才能とさえ思える敏捷さを前に、俺の今有効に使える身体的な反則さなど些細すぎて雀の涙も驚愕するだろう。
正直、俺よりも一織の方が元々の体質というか、あの魔法を消すという能力は、反則なのではないだろうか。俺の魔法石の使い方、一織本人の意識の問題であまり、俺との戦闘では役立ちそうにないものであるから、ここでいうこともない。黙っていた方が一織も刺激しなくていいし、俺にも平穏が約束されるのだから、ここで口は閉じる。
俺が埒もあかないことを考えている間にも、ライカを撃ちつくし、フレドに持ち換え、しかも、舞台を一周してしまっていた。
一織との勝負は常に速さを要求される。
たまには遠くからじっくり狙って討ち取ってやりたいものだ。
「追いついた」
俺に少しも休憩させてくれないどころか、弾を入れ替える時間さえくれないため、いつもより控えめに撃っているのがよくなかったのか、観客を少し意識して大げさに動いていたのがよくなかったのか。早々に追いつかれ、俺の真横に身を寄せてきた一織の呟きにぞっとする。
声が笑っているように聞こえたのだ。
やばい、やられる。
本能の訴えを理解するより先に、俺の条件反射が仕事をしてくれていた。
一発だけ残っていた追尾弾を床へ向けて発砲。
それは、床に敷かれた結界に跳ね返り、運よく一織の右手に向かってくれた。
舌打ちがごく近くで聞こえた。
そのまま離れてくれればかわいげがあるものを一織はその右手を無理に動かし、弾道から退ける。
それがどういう結果になるかを見届けていたのでは遅い。
こういうのは俺の十八番ではなく、早撃ちのものだ。
フレドの引き金を二度引く。
それと同時に、叫ぶ。
「展開ッ」
弾の一発は一織へと向かい一織の注意を引き、もう一発は追尾弾に当たる。
俺の使っている追尾弾には標的を追いかけるという特性ともう一つ、物に当たると四散するという特性がある。
それは、標的に当たっても、ナイフが当たっても、銃弾に当たっても同じことだ。
一織が近くにいるということは俺にとっても危ないところで四散してくれたわけだが、俺にはとても都合のいいものがこの広いとも狭いとも言えない舞台に転がってくれていた。
そう、展開することのできなかった魔法石だ。
結界を一周して、少しした現在位置ならば、ギリギリ俺が入るだけの結界が築ける。
そう、俺と一織の間に壁を作るほどのギリギリだ。
俺の声に反応してくれた魔法石は、思った通りのものをつくってくれた。
ただし、一織も黙って攻撃を食らってはくれない。
俺が条件反射で銃を撃つように、一織はおそらく直感で身を退いた。
それでも、四散した弾は一織にダメージを与えてくれた。
「そこまで!」
団長がそう言って俺達を止めたとき、一織は肩のあたりに黒い染みを作っていた。
固唾をのんでいたのか、俺たちの本気具合に退いたのか、静かだった客席が少しうるさくなった。
「一織くんだよね?君には、とりあえず医院へ行ってもらおうか。和灯、連れて行ってくれ」
「わかりました」
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