和灯が団長に言わるまま一織を連れて外にでてしまうと、俺は、団長が普段から寝泊まりしている天幕へと招かれた。
「叶丞くん」
「はい」
なんだか教師に呼び出しされて怒られる生徒みたいな気分になりながら、かしこまって返事をする。
簡易な机のを挟んで正面に座っている団長はゆるい笑みを浮かべた。
「君も一織くんとやらもちょっと実用的だ。二人とも器用そうだから、いくらでも華やかなものになりそうだけど、叶丞くん、君はあまりためらいがないでしょう?」
「そうですか?」
俺はやはり、悪いことをして教師に叱られる生徒のような気分のままとぼけた。
その後、少しの違和感に首を捻る。団長が言っていることに違うということはないが、何か可笑しい気がした。
「追い込まれていたのは君だったし、余裕がなかったのも君かもしれない」
団長が言うように、あのとき俺には一織より余裕がなかった。それは、一織との身体能力の差と、俺の地理的不利などが要因だ。
本当は総合的な実力を考えても、接近戦で一織と戦いたいなどとは思わない。できることなら、遠くから狙い定めるのが一番だ。
「けど、まだ一織くんとやらには遠慮があってかわいらしいものだ。狙いが肩だったり、わざわざ攻撃を宣言するようなまねをしたり。君は会話で煙に巻きながら、正確にギリギリを狙ってる」
再びの違和感に今度は何の反応も示さないまま、俺は相変わらず、教師の前で緊張している生徒のような顔で姿勢を正して、団長の話を聞く。
団長の言うとおり、俺はギリギリを狙っている。
一織の現状で、一織に大きな被害がいかない程度というのもののギリギリだ。
「それも、見世物になる程度っていうのも計算してるのかな」
もちろん肯定はしない。
ただ恐縮しているように背を伸ばす。
団長はそれをみて、更に笑み、顔を崩した。
「君みたいなのは、嫌いじゃない」
机の上に肘をつき、指を組んでこちらを見てくる団長はいやに楽しそうだ。
「だから、君には二つ仕事を頼もうと思う」 違和感の正体を掴めないまま、話は進んで仕事の話になっていた。
「二つ、ですか」
「そう。ちょっとした雑用と、舞台サポートかな」
不思議そうな表情をわざとらしくしながら、心の底で嫌な予感がして仕方ない。 違和感のことはこの際置いておいたとしても、ちょっとした雑用というのは、きっとちょっとではないし、舞台サポートってやつは何処までサポートと呼ばれているのかも解らない。
そう、嫌な予感しかしない。
「ね。二つでしょ」
二つというのは、何処までのくくりで二つといってくれているのだろうというのも疑問だ。
雑用は一つ二つどころか、たくさんあってすべてまとめて、一つといわれている可能性が高い。いや、舞台サポートというやつも何故か一つ二つの用である気がしない。
だいたい、舞台サポートというやつが既に雑用の一つであるような気がする。それなのに、それとわけて雑用という名の用事を作ってくれたのだから、雑用ってやつは七面倒でいかにもやりたくなくなるようなことに違いない。
俺の多いとも少ないともいえない経験則からすると、この嫌な予感の推測は当たるどころか何倍かになって俺に降りかかることが多い。
そして、解っていることが一つある。
この嫌な予感という奴は、小さくなることも稀だが、大なり小なり、確実に俺に被害を及ぼしてくれるのだ。
本当、嫌な予感でしかない。
ならば、俺が此処でとれる選択肢は一つしかないように思える。
「……いくらくらいで」
「ちゃっかりしている」
団長は先ほどから、本当に楽しそうにこちらを見ていた。まるで二つの仕事以外にも楽しいことがあるといわんばかりに楽しそうなのだ。
楽しそうで上機嫌そうな団長とは違い、じわりに俺は苦い表情を浮かべていったことだろう。
「そうだねぇ。和灯が説明しといてくれたのに、臨時収入といえるほどのものがのるくらいには」
これはかなり面倒くさそうだ。
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