「やだぁー暗殺者の本体じゃねーのって噂されてる叶丞さんじゃないですかぁ」
日当たりがいいとは言い難い教室の端のほうの席は、それほど居心地がいいものではない。
しかし俺は、ここが安息の地だといわんばかりにぐったりと机の上に突っ伏していた。
そんな力尽きている俺に、相方は本日何度きいたかわからないことばを投げてくる。
「なんでやねん……」
俺が副会長とエスゴロクをしたあとのことだ。
俺の使った手口を見て、あれはまさか本物の暗殺者ではないかという噂話が飛び交い始めた。その噂話はすぐさま広がって、翌日には俺に様々な厄介ごとが飛び込んできたのだ。
俺が暗殺者なのかと確かめにくる連中から、暗殺者なわけがないだろうと八つ当たりをしに来る者まで色々いた。おかげさまで逃げたり違うといったりで大忙しだ。
「確かに暗殺者も考えて行動する人間だ。けど自分自身のスペックに頼っているところがあるから、俺としてはあそこまでこざかしいことはしないと思う」
「こざかしいとはなんやねん、失礼な」
すぐに空気が漏れる音がする。おそらく、良平が俺の反論を鼻で笑ったのだろう。俺がいわれても笑ってしまうことだろうが、本当に失礼な奴だ。
失礼だと思いながらも俺は仕方なく、ちゃんとした答えも返す。
「……ビジュアルにつられてしもとるんやろ。俺は、暗殺者ができると思ったようにしか使うとらんし」
本人以上に本人を使える人間というのは、その人間を観察している人間に他ならない。ましてや、本人だけが知る微妙な力加減など、本人ではないのだから、そうとう見ていなければわからないものだ。
俺は人を観察すること、罠にはめることで戦果を上げているところがある。だから、俺は俺のわかる範囲で暗殺者ができることができたわけだ。
それが、本人に近い形で力が発揮されたように見えた。そして勘違いが起こり、人の噂の無責任さも手伝って、俺がぐったりする結果になったのである。
「かもなー。でも、一部には、いや、あの手口は暗殺者じゃなく、むしろ……って噂もあるぞ」
「やめたってよ。暗殺者が俺やいうだけで、気軽に扱われとるんやで。対戦相手やった副会長は、反則狙撃っちゅう話もでとるのに、誰も突撃せぇへんやん」
良平は俺の前に座り、俺をからかい続けた。
「仕方ない。人徳というやつだろ」
相方の不幸をなんだと思っているのだろう。そう思い、ようやく机から顔を上げ、俺は良平を見上げる。とても楽しそうな顔をしていた。俺は何故、相方にまでこんな顔でからかわれているのだろう。この世は無常だ。
「ややわぁ……俺の方が親しみやすいからて……」
「ものはいいようだなぁ」
一瞬にして俺を馬鹿にするような表情に変わった良平が憎い。相方なのだから少しくらい慰めてくれてもいいものだ。
俺は姿勢を変え、不満を表すために頬杖をつく。
「ほな、良平くんはどういう人徳やっちゅうんですかぁ」
憎らしい良平の顔はそのままだ。しかし、俺の腹立たしいとしかいいようのない態度に、良平が俺の足を蹴った。魔法使いならばもう少し理性的にことばで不快を表してもらいたい。
そう思っておきながら俺はことばで不満を表す良平を思い浮かべ、すぐに足が出てくれてよかったと思い直した。
良平のことだ。きっと俺の精神をべきべきに折ってくれるに違いない。何故なら、良平の性格もさることながら魔法使いというものはそういう人間が少なくないからだ。こまめに人がいないのを確認して会いに行っている愛しの会長がその一例である。
この変装推奨の学園で一例にするには、会長が魔法使いであるという説があやふやであるように思うだろう。しかし、実は結構な確率で会長は魔法使いであるといえた。
理由は簡単だ。会長は魔法科に所属している。だから、おそらく魔法使いだ。
だがたまに魔法科に所属していながら、魔法使いではない人間もいる。けれど、めったにそんな生徒はいない。学園側の入学、進学条件が厳しいからだ。
学びたいという熱意だけでは、この学園は入学を許可しない。当然他の研究機関やそれに属する学校もそうだ。だが、それに輪をかけてこの学園は厳しい入学、進学条件を生徒に突きつけている。
しかも、それが学科ごと、選択ごとに違いはあれど同じ条件というわけでもない。個人個人で決まっているところがあるのだ。
そのため、この学園では入学、編入、退学を、年齢、生い立ち、実力を問わずに行っている。
かくいう俺も途中編入であるし、良平のかわいいワンコも一度退学して編入しなおすという異色さだ。しかも、良平のワンコである青磁はめったにいないタイプの生徒である。
「お前は気安いのは確かだけど、舐められてるって感じ」
俺の思考がどんどん現実逃避をしていっても、良平は簡単に俺を現実へと呼び戻す。残酷な相方である。
「あと、副会長は手をだしてはいけないというか、お声をかけるなんて……って感じじゃねーか? 会長と違ってまだ声かけやすいけど、なぁ?」
俺はどちらかというと、あの爽やかさが災いして副会長のほうが声をかけづらい。俺のような人間が声をかけていいものか悩んでしまうのだ。だから良平の言わんとすることもなんとなく理解できた。
「ああ、いと高い人に声はかけづらいってやつやな」
「そうそう。だから、反則狙撃が副会長では? って噂があっても、なんかいいづらいけど、お前が暗殺者なんじゃねーのってなると垣根なんてねーし。あってもそんなもん踏みつぶすくらいしかねーわ」
やはり、相方のことばは容赦がない。俺の繊細な心はすっかり折れてしまった。
再び机に突っ伏して、俺は唸る。
「皆、もうちょい、こう、遠慮してやな……そうでなくても、ご本人様からチーム組まへんとか誘われとって、どないせぇっちゅうねん」