団長の天幕に行くと、俺が仕事を請けたときと同様、団長は机の前で座っていた。
違うところといえば、客が座るためにあるだろう椅子に見たことのある姿があるところと、机の上に数枚、書類らしき紙がのっているところだ。
「……焦がれすぎて、幻覚が」
その姿を確認すると、見てしまったからには言わなければならないと、俺は口を開く。
「……」
その人に舌打ちされた上に冷たい目で見られた。いつもなら追い討ちとばかりに文句の一つや二つもいうし、俺が一織と一緒に商業都市へ行くと知ったときなど、俺の胸倉を掴んで揺さぶって文句を言っていたので、いやに大人しいといえるだろう。余所行き仕様なのかもしれない。
推測は頭の隅においやり、俺は運んできた箱を団長の机の上に置いた。
「通りすがりの素敵でクールでしびれる系の副団長からお届けものです」
俺は通りすがりの素敵でクールでしびれる系の副団長と自称する人に箱を届けてくれと渡された。
「髭か」
「髭です」
そう、団長が言うとおり髭だった。
壊れ物と書かれた荷物を放り投げて渡されるという横着な渡され方で、本人も通りすがりの素敵でクールでしびれる系だとは思って居なさそうな髭の男だったが、そう言うように言われたのだ。
「なら、それはうちの副団長だ。この荷物も本物だね?」
「副団長に渡されたものが本物やっちゅうなら、俺は一度も手放さずここにきましたので」
団長は何度か満足そうに頷いて、客に目を向ける。
「これがその荷物です。確認お願いします」
団長の客は、俺を見ないようにしながら机の上に置かれた荷物を黙ったままあける。
その中身は、俺が今見える範囲では本のように見えた。
「……お聞きしたとおり、一冊欠けていますね」
「ええ、一冊だけ、別になります。後ほど届けさせますので」
団長に向ける視線とは明らかに温度差がある視線で、その人……会長が言った。
「まさか、アレに持ってこさせるんじゃないでしょうね……?」
「ええ、そうですよ。うちの雑用です」
明らかに嫌そうに眉間に皺を寄せてくれた。
俺も最近では少々耐性もついて、心は半分ほどしか折れない。
「自己紹介とかしたほうがええですやろか」
茶化すともう一度舌打ちされた。あまりの鋭さに半分折れてしまった心に突き刺さるようである。
「必要ねぇ。つか、変えてもらえませんかね?」
今きいた話からすると、俺は会長……おそらく、会長の他所行きな様子から会長の実家が頼んだものだろうと思われる。その本をあと一冊届けなければならないらしい。
「すみません。叶丞くんが一番適任なので」
会長が三度目の舌打ちを響かせた。
今日された舌打ちの中で一番大きな音だった。
「では、準備が整いましたらすぐお届けいたしますので、あとの代金はそのときにお願いします」
団長がそういって締めくくると、会長が小さく挨拶をして立ち上がった。
「あ、そやそや、団長さん。褐色で薄い金髪のセクシーなお姉さん、雇ったりしました?」
「してないね。今回褐色で女の子は銀とピンクしかいないよ」
「そうですか。ほなら、荷物、狙われとりますわ」
会長が椅子から立ち上がったまま、いつもより険しい顔をした。
団長は会長と俺を交互に見て、立ち上がる。
「そのセクシーなお姉さんとやらはこっちで対応するとして、荷物が狙われてるなら、安全な場所までの護衛を付けたほうがいいですよね?」
「……コレじゃないのが嬉しいんだが」
「いやいや、お知り合いみたいですし。気心も知れているでしょう?」
何度目かの舌打ちが心にまで響いてくるようだ。
今日は舌打ちの安売りをしているらしい。
「というわけで、叶丞くん、頼んだよ」
応というのはやぶさかではないが、会長の潔いまでの嫌がりように半分しか折れていなかった心が完全に折れた音がした。
そうか、なれるなんてことはそうそうないのだな。
俺は目を細め心を慰めるように、腰にあるホルスターを確認した。
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