ホルスターは三つ。
あの試験を受けてからずっと腰に下がったままのライカとフレドと彩菜。
ライカとフレドは弾を詰めなおしたが、彩菜は撃ちつくしたままだ。
持っている弾の数を確認するように、弾、その他の武器を入れてある場所を頭の中で確認する。
「そうや、そうおもたら、ひぃは知っとるん?」
会長の代わりに箱を持って会長のうしろについていく。
会長は迷うことなく技芸団の天幕から離れて、街へと歩いていた。
「あ?」
会長は団長に対応していたときと違い、俺と話をするつもりはないらしい。
振り向きもしないどころか、一言で返されてしまった。
面倒くさそうでかつ、不機嫌そうだ。それだけの響きしかもっていないのに、ちょっとした嫉妬が含まれているような気がするのは、会長のブラコン具合を知っているからだろうか。お前が兄貴のことを言うなと罵られなくなったのは進歩といえるだろう。
声に出さずに笑って俺は周りの気配を探る。
街中にはたくさんの誰とも知れない気配があちらこちらに行き来していた。
商業都市の地理はあまり詳しくないが、この時間、中心地と思しき場所に人は集中している。
「会長がここに来てること」
無言で歩くと気配に集中してしまい自分自身がいる場所への注意力が散漫になってしまう。そのせいで、学園で一度失敗しているし、会長にはこの問答に付き合ってもらわなければならない。
答えが返ってこないまま、会長の歩みは速くなる。
どうやら一織には言ってないらしい。
「……家の用事で来てるとか言えるかよ」
会長はどうも正直者だ。
そう言うところが兄弟でよく似ている。弟は素直だから隠そうとするが、兄は隠すことができるからあえて正直なことをいう。違うようでいて、結果をみるとそっくりだ。
「秘密にしとったほうがええのかな」
天幕をでてしばらく、妙な気配が少しずつ増える。
気配を隠そうとしている気配。
俺の索敵感度がよすぎるというだけの話かもしれない。
魔法には俺の感度はあまり有効ではないため、敵と思われる連中は魔法を使っていないだろう。
頷きもしなければ、うんともすんとも言わない会長についていくために俺も足を速める。
どうしたらいいかきいてから、会長の歩みが更に速くなる。俺はそれを、肯定ととった。
「ほんで会長。この本なんなん?本を守るにしても運ぶにしても聞いときたいんやけど」
歩く速度はそのままに、会長からしばらくなんの反応もなかった。
言っていいものかどうか考えているのだろう。
「いうんやったら、早めに決断したってな」
「あん?」
「なーんや、気配を消した連中が数人やな……」
会長が急に歩みを止めた。
そのため俺は会長を追い越してしまった。
「本のことなど聞いてないで、早く、言え」
振り返るとすごまれた。
こうなっても、一織に自分自身の所在を告げていないという質問については問わないあたりが、会長である。大事な品であろう本より一織が大事であると言っている様なものだ。
「いや、でも、この本のことやないかも知れひんよ?天幕でてから一人、一人と数増えてきたけども」
「だから、それを、早く、言え」
歯ぎしりしそうな顔でこちらを睨みつけてくる会長に、わざとらしく肩を下げる。
「ほんで、この本なんなん?ちょっと立ち回るためにも、どう扱うていいかわからんから」
会長は非常に険しい表情のまま、あたりをそれとなく見渡すと、こう告げた。
「水濡、火気厳禁、天地無用、壊れ物注意、魔法厳禁だ……!」
注意書き以外に二つほど厳禁が増えていた。
火気は本なのだから、厳禁なのはよくわかる。
魔法が厳禁なのは、さしずめ魔法に干渉されると困る本、何か魔術や法術がかかっている魔導書の類であるのだろうと推測できた。
「結界魔法は使われへんちゅうわけかな。どおりで、気配隠すばっかりで、魔法使うてそうな奴おらんと思うた。会長の家の注文やったら魔術師関係が動いてもええやろにな」
「……魔法使ってるやつまでわかるのかよ」
「いや、遮断する魔法使われたらわからへんのやけど、気配とか、ああいう生きてる上で発しとるもんは隠すことはできても、ほんまのところ、消すことはできん。魔法使い連中は隠すん下手やし、遮断するにしても、動こうとしたら、ほんのり漏れる時があんねや。いまや!いうときな。そういうのは魔法にたよっとったら不自然やから、すぐわかる」
魔法で遮断されているときも遮断の魔法が上手ではない魔法使いならばうっすらとにじみ出てしまう。こちらも、気配を隠そうとしている人間とは異なる気配の感じ方をするのだ。
「兄貴の気配はよく、わかってねぇじゃねぇか」
「おひぃさんは、俺の感知できる範囲を越えて隠せるちゅうことや。俺の探索範囲から消えてまうのは、そのせいや」
つまるところ、気配を隠すということにおいても、一織は俺より上手だということだ。
「せやから、本当のところ、おひぃさんの気配は消えとらんのや。……普段から気配薄めやし、たぶん意識しとるんやろなぁ」
存在感はバッチリだというのに、人の中に混じってしまえるのはそのせいだろう。
ちゃんと意識し、見ているならば一織は容姿のおかげでたいへん目立つ人であるのだが、少し目と意識をそらしてしまうと途端に見つからなくなってしまうのだ。
「さすが兄貴」
いやに自慢げである。
本当のところは、会長に胸を張らせている場合ではなく、怪しい気配は、俺と会長が会話をしている間にも距離をじわじわ狭め、俺と会長を囲い始めていた。
「で、気配がわかるわけやけどなぁ。囲まれとるから、これ以上接近される前に一点突破したいんやけど、会長、足速い?」
「走るのか?」
「走りたいねぇ」
「足に魔法を使うことは出来る」
足に魔法をかけるくらいなら、本になんの影響もないらしい。
俺はそれに頷いて、少し会長から離れるためにもゆっくり走り出す。
影響はないと会長が判断しているが、念のために間を空けたのだ。
「しかしまぁ……バイトに運ばせるには少々荷が重いちゅうやつちゃうか?」
next/ hl3-top