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「おかえり、一織くん」
和灯に連れられ、医院で怪我を手当てしてもらったあと、団長の天幕へと案内された。
俺を案内するとすぐに天幕から出て行った和灯を見送ると、団長はそういって笑った。
「ただいまかえりました」
俺がそういって、どこかの誰かがぞっとするといった爽やかに見える笑顔を浮かべる。団長は更に笑った。
「叶丞くんも一癖あるけど、君もなかなかみたいだね」
キョーと比べられたら、さほどのことではない。心外だとさえ思えた。
笑顔を引っ込めながら、団長を見ると、団長は机の引き出しから書類を出して、俺に見せるために広げる。
「うちは芸をしながら旅をする性質上、探し屋のの真似事や運び屋の真似事をする機会が多い」
書類は、契約書だった。
重なって肝心なところが見えない運ぶための契約と、人を探し出すための書類。
探されたのは、俺だった。
契約者のサインに、見覚えがある。
「伝言がある。『学園にいる間は自由にするといい』あと、『縁を切ったつもりかもしれないが、未だお前は家に属している。学園にいなくなっても行動範囲は把握させてもらう』そうだ」
行動範囲を把握してどうするつもりなのか。
当主としては無効であるが、俺の体質は魔法に対して有効であり、観察、実験対象としては有用であると判断したのだろう。
契約書と伝言からすると、鼻で笑って出て行った俺を父は諦めてくれていないようだ。
「この契約内容からすると、今回は監視だけという扱いみたいですね」
「そう」
「しかも、監視は父が用意したんですね」
「そう。俺のお仕事は君を探すこと、言葉を伝えることくらいなんだが、探す必要もなかった」
和灯は共謀していたのだろうか。
いや、和灯はそんなことは知らなかっただろう。
「和灯は技芸団だけは裏切らないからね。こちらの言うことも素直に聞いてくれる。ちょっと今年は忙しいよとぼやいておいて正解だった」
和灯がどうこうというより、この団長の性格がいやらしいのだ。俺は何度か意識的に瞬きをする。
依頼は長期休暇に入る前からされていたのかもしれない。何を運んだか解らない運びの契約が父の依頼だというのなら、それと時を同じくして依頼されたはずだ。そうなると、運ばれるものは貴重品である可能性が高い。
俺が学園に所属している限り、長期休暇で何処にいこうと学園には戻る。俺のことはついでだろう。
長期休暇中の滞在場所などこちらに圧力を与えるためだけに調べられただけである。何処にも逃げられないぞと、そういいたいのだろう。
それこそ、勝手にすればいい。
「そうですか」
「おや、反応薄いね」
到着早々連れてこられた天幕で戦闘はさせられるし、怪我は負うし、街中に戻って怪我を治療してもらって帰ってきたら、コレだ。
この技芸団にも医者の役目をしている人間がいるだろう。それをわざわざ遠くに連れて行ったのには理由があると、この団長は思わせる。
「さすがに、バタバタして疲れましたので、ちょっと許容範囲をこえますね、この話は」
団長が、俺を探し出すための契約書を机の隅に寄せた。そうすることで今までちゃんと見えなかった運びの契約書が俺の目に飛び込んでくる。
「俺にそっくりでしたでしょう」
「君と違ってちょっと緊張した面持ちで、かわいらしかったよ」
運ばれたのは、禁書指定の本だ。
届けられるのは、当主代理。
備考欄の走り書きによると欠品一冊は、祝祭の間に届けられることになっている。
俺は直感とも感想とも言えぬ言葉を漏らした。
「この仕事、キョースケにさせるつもりですね」
確信をもっていうと、団長はわざとらしく驚いた表情を作ってみせた。
「わかる?」
「貴方は、バイトに何をやらせたいんですか」
俺に見せていた運びの契約書も机の隅によせ、団長は机の上に肘をつく。
「君にはショーのお手伝いと、ちょっとしたサポートを頼みたい」
ショーの手伝いは解る。最初に和灯に説明をうけた通りの内容だろう。
それと分けられて頼まれたサポートというやつが気になる。俺に書類を見せたのは、そのサポートというやつのためではないだろうか。
「いいかな」
首まで傾げてくれたが、既に決定しているといった風だった。
俺はそこで、大きなため息をついた。
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