会長に言われるまでもない。
確かに俺は隠された一織の気配をうまく感知できた覚えがなかった。
それは、こうして足をかけられた今も同じで、しかも、今回は人ごみに紛れ、悪戯程度に足を出された。うまいこと引っかかってしまったのは、一織が巧みだったと誤魔化すことにしても、情けない格好で停止してしまったことについては、どこに文句をいっていいかもわからない。
「今の状況をじーっくりお話したいのは山々やけどね。ちょっと困っとって」
一織はそれこそ猫のようにどこか遠くを見た後、動き出そうとしている俺を見た。
「……俺の貰った仕事だが、お前のサポートだ。運んでいる荷の内容も知っている。誰に渡すかもだ」
荷の内容を知っているサポートの一織と、荷を運ぶ雑用が仕事の俺ならば、荷の内容を知っている一織のほうがメインで、俺がサポートのようにしか思えない。
俺は一つ頷いた。
「ほなら簡潔にいうと、追われとる。会長と分れた。狙いは荷物」
「……走るか?」
簡潔にいっても、一織は状況を把握してくれたのだろう。
「気配は俺に半分もついてきてはくれとらんみたいやけどな」
「迎えうつか?」
俺は会長の気配が不自然なまでに、俺の探索範囲から消えてしまったのを確認して、歩きながら自分自身の気配もゆっくり消していく。
「荷物が邪魔や」
「迎えうとうか?」
一織は察しがいい。そして、話も早い。
俺が荷物を持って逃げ、一織に足止めをしてもらうのがいいようにも思える。
だが、そのあと会長にまた会って、荷物を届けるにしても、会長の方に行った連中をどうにかする必要があった。また、そのときも荷物は邪魔になるだろう。
誰にも気付かれずに荷物を渡すにはどうすればいいか。
俺は後ろについてきていた一織をちらりと見た。
「……荷の内容を知っとるんやっけ?」
「そうだが」
「会長には、魔法厳禁ってきいたんやけど」
一織は辺りをそれとなく見渡しながら、頷く。
「一部魔法だ。その荷物には魔法がかかっている。読むことを拒むための魔法と本を損なう可能性のある魔法を排除する魔法だ。本自体が魔法でなければ成り立たない魔法ではない」
その手の魔法が使われる本に心当たりがあった。
禁書だ。
禁書扱いの本は、本を守るため、本から人を守るための魔法がかけられることが多い。攻撃魔法では、その禁書の魔法を排除するための魔法に排除されてしまう可能性が高いが、サポート魔法と呼ばれる魔法は排除されない。
あくまで、排除対象は本を損なう可能性、人を損なう可能性に繋がる魔法であるためだ。
結界魔法は外と中を遮断する力が強いため、本を読むという行為をするには最適な空間を作ってしまう。場所を限定すれば、禁書の魔法に邪魔をされることなく禁書を読むことも不可能ではないのだ。そんな細かいことができる人間はそういないけれど、いないわけではないのだから、結界魔法も使えない。
禁書は大抵、読んだ人間をおかしくさせてしまうから、快適に読めないようにされているわけだ。
「それ、劣化防止魔法とかかかっとる?」
「かかっていない」
俺は足を止めて振り返った。
「ほなら、おひぃさん。これ、触ってくれんかな?魔法ないほうが便利に届けられるさかい」
一織の歩みがぴたりと止まる。
一織が箱を触ると、一織の体質のせいで魔法が消える。自分自身の嫌っている体質を便利に使われることは、一織本人には葛藤のあることなのかもしれない。たとえ、本人が便利に使っていてもだ。
「お前は本当に、俺のことをなんとも思っていねぇんだな」
俺が思っていたことと、一織の思っていたことは少々違った。
バカらしいといったわりには気にしているようだ。