「君達の掛け合いを見てるのも楽しんだが、揃ったことだし、今日の仕事の説明をさせてもらっても?」
「遠慮なくしたってください」
なおも可愛いだろうと主張するように軽薄な笑みを浮かべている一織を視界から外して、できるだけ団長を見る。
団長は、俺がこの天幕に入ってから楽しそうだ。もしかしたら、昨日、俺が此処にきてからずっと楽しそうにしているのかもしれない。俺から根掘り葉掘り聞いている間も楽しそうだった。
そんな団長は、机の上に地図を出し、ある一点を指し、その指で二度地図を叩く。
「昨日判明したんだが、ここに、欠本があるからとりにいってくれるかな?」
俺はせっかく外した視線を一織に戻し、一織に団長が示す場所を確認しようとした。しかし、一織は俺が口を開く前に首を横に振る。
仕方なく団長に視線を向けると、団長は、更に楽しそうに目を細めた。
「……図書館って書いてるように見えますけど」
「そう」
「これ、私設とかですやろか」
「残念、都市立図書館だ」
団長から、嫌々もう一度、地図に視線を這わせて、目元を揉む。
きちんと起きたつもりだったが、疲れは俺を解放してくれていないようだ。こんなところで幻覚が飛び込み、幻聴が耳に届く。
「気のせい」
「ではないな」
「……こちらに贈与的な」
「でもないな」
都市民のために設立された図書館から本を盗んで来いといわれている気がしてならない。
俺は頭を振った。
「大丈夫。貸し出しや展示品じゃない。もちろん、閉架しているわけでもない。図書館員が手に入れて、隠してくれている」
それでも地図で道順を見て、地図自体を記憶するためにじっくり地図全体に視線を這わせる。 商業都市は細かな道がいくつかあり、その細かな 道が大通りにすべて通じるという親切な設計ではなく、行き止まりもあれば、別の小道に通じる道もあった。少し、記憶するには時間を要しそうだ。
妙に耳にひっかかる言い方をする団長に、地図に気持ちを取られたまま、軽く冗談を言う。
「その図書館員さんが、本、狙ろてる人やないですやろ」
「ある」
「……ないんちゃうんですか」
先ほどから無言でこちらの会話を聞いていた一織からもため息が漏れた。
俺も項垂れながらため息をつきたいくらいだ。
「奪い合いちゅうか、盗み合いちゅうか」
「元はといえばこちらが手に入れたものを何を思ったか途中で人手に渡してしまったものだ」
地図に集中できないような話題が続く。
何度も何度も技芸団が天幕を張っている場所から、図書館までの道筋を辿ったが、頭に入っている気がしない。
「それは、途中で運んどる人がうっかり本をないないした挙句、財布に違うものないないしたったいうことですかね」
「だな」
どれだけの金が動いたかは解らないが、それがばれているということは、その人は馬鹿なことをしてしまったということである。
「それも、昨日わかったんだが」
「……それ、もしかせんでも、ないないした犯人に逃げられとります?」
「叶丞くんのいうところのセクシーなお姉さんとやらがはいてくれた事だ。今更手遅れだろう?」
お姉さんはしっかり捕まえてくれたようだが、それでも既に後手に回っていた。
いつまでたっても覚えられた気になれない地図や道筋は諦めて、俺は地図に触れる。
「これ、借りて行ってもええですかね」
「しっかり仕事はしてくれるみたいだね」
「……そうですね、仕事ですさかい」
仕事だといって、覚えることだけではなく、現状も少し諦めて、本をとりに行くことにしたのは言うまでもない。
地図を懐に収めてちらりと振り返ると、また、一織がもの言いたげな顔をしていた。
「……文句、言うたっても、ええんやで」
「いや、なんでもない」
いつか爆発しなければいいと思いながら、俺は団長から欠けた本の特徴を聞いた。
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