技芸団の天幕も騒がしいといえば騒がしいのだが、少し街を離れているせいか、天幕から出れば静かなものだ。
街の中に入ると相変わらず祝祭に浮かれた人間が、そこら中にあふれていて祝祭に関係なく仕事をしているこちらは、少し羨ましい様な妬ましい様な気分である。
皆が楽しそうなお祭りの中、街の地図をたまに出して位置を確認しながら、俺と一織は図書館へと向かっていた。
「昼間は無理やな」
「夜間も、場所によってはお祭り騒ぎだったが」
「なんでしっとるん?」
「付き合わされた」
俺が追っ手をビックリさせている間に、一織は任せた仕事をきっちり終わらせ、技芸団の手伝いもしていたらしい。
終わったあとに夜の街に誘われたようだ。
「ええなぁ、俺も行きたいわぁ」
「……そんなによくもねぇから」
一織のことだ、身の毛もよだつ爽やか好青年ぶりを発揮して、男女ともに大人気になったに違いない。この少し面倒そうに、男にも女にももて過ぎて飽きましたといった風にも見える姿を他の連中にも見せてやりたいものだ。
「そやなー、おひぃさん人見知りやしねー」
誰に応対してもそつなくこなす人間に言うことではないのだが、そつなくこなすからといって、その人が自分のペースをとれたかといえば、それは違う。
次にあったときも同じように対応し、ある一定の距離を詰めるには多大な時間が必要となることもある。
そういう奴であるのに、一織は表面上とても人当たりがよく、開けられた一定の距離に気がつかない人間も多い。
ちょっと昔に頼るような誰かがいるのかと心配していた親衛隊の気持ちも解らないでもない。親衛隊も一織には近寄れていないのだから、そう思ってしまうのだ。
「……かわいいもんだろ?」
「やから、ふてぶてしい言うてるやろ」
しかし、このふてぶてしい姿を見てしまえば、心配などいらないと思うだろう。
俺達は軽口をたたきながら、さり気なく街の様子を見る。
貸してもらった地図は一番新しいものらしい。
実物と地図が違うという場所はない。
地図どおり大通りにはいると、そこは祭りそのものだった。
「今日は祭り一日目やんなぁ」
祝祭は七日間あるが、七日あるうちの一日以外は確かにお祭り騒ぎではあるものの本祭に比べれば控えめだ。
祝祭は終わりの三日と呼ばれる三日間の最終日、始まりの三日と呼ばれる三日間の最初日が本祭だとされている。
祝祭一日目である今日は、控えめなほうであるはずなのだ。
「商業都市は一番派手だと聞いたことがある」
「うちの都市も負けてへんいいたいとこやけど、本祭以外はそこまで頑張れへんみたいな雰囲気あるわ」
「魔術都市は本祭すら頑張れない感じがあるがな」
魔術都市は学術都市とも言われている。
魔術が盛んな都市ではあるが、魔法以外の知識も集まる場所だ。お祭りごとを盛大に祝うより、本を読んでいるほうがいいという人間が多いらしい。
それでも祝祭は特別である。
「あそこはなぁ。しゃあないわ。でも、盛大に祝うんやろ、祝祭は」
「そうだな、祭りらしいのは祝祭くらいだ」
祝祭が世界の終わりと始まりを祝うものだからだ。
いつがこの世界の始まりか、誰が作ったのかということについては明らかではないし、争いの種になっているのだが、一度終わったといわれた年から数千年経っているということになっている。現在はその、終わりと始まりが一年の終わりと始まりとなっていた。
この、終わりと始まりの間に、一日だけ何もなかった日があり、それは無の一日と言われ、何もしてはいけない。家族とゆったり過ごすのが一般的だ。
「一回行ってみたい気もするわ。商業都市でこれだけちゃうんやったら、他とこもかなりちゃうんやろし」
大通りからわき道にそれ、最短と思われるルートを歩く。
大通りからわき道に入っても、お祭り騒ぎは変わらない。もっと小さい道に入ればこの賑やかさもなくなるのだろうか。違う道に入りたい誘惑に駆られつつ、足はしっかりと図書館へと向かう。
「案内できるほど外は出歩いた覚えがねぇな」
何気なくポツリと呟かれた言葉が、少し寂しい。
「良平に案内させたったらええねん。文句は言われるかもしれんけど、祭りとか嫌いやないやろし」
「そうだな」
小さいが、少し柔らかくも聞こえる声を耳にいれて少し笑うと、俺は前方に見える建物を見上げた。
図書館はでかかった。