仕事のことを考えていると気は重くなる一方だが、目の前の本には興味があるのか、本棚と本棚の間にたどり着くと、一織が俺を追い越し、本を物色し始めた。
「いやいや、おひぃさんや。先に目的の本探さな」
声をかけただけでは答えてくれそうもない一織の肩を叩くと、鬱陶しそうな顔で振り向いたあと、すぐさま本棚に顔を向ける。
「此処にはねぇえ」
本に集中したいがために言ったにしては、はっきりとしすぎていた。
「ひぃ」
確信があるのだろうかと少しきつめに呼ぶ。一織は、今度は渋々といった様子で、再びこちらに振り返った。
「魔法の気配がないし、見えない」
「……魔法の気配は読めるんや?」
眉間に皺まで寄せられる。よほど本が読みたいのだろう。
「読めるし、見える」
「あー……マジか。消えたりは?」
「……読むのは、力を使わない。見るのも力じゃない。消えるのは魔法を使う力だけだ」
一織が言うとおり、魔法の気配を読むのも見るのも魔法の力には関係ない。もともと備わっているものだ。鈍いか見えにくいかという違いはあるが、誰しもそれらができる素地がある。ただし、訓練しなければ読むことはできないし、見ることもできない。
しかし訓練をしても、その能力はその人の元々備わっている以上は伸びたりはしない。能力の大小のばらつきがあり、限界地があるのだ。
その能力のばらつきに例外はなく、魔法使いでも読めない、見えないという人間はいる。
これを魔法で補うことも出来るが、能力が大きいに越したことはない。
つまり、一織は魔法を消さなければ魔法使いが羨ましがる素地があるということだ。
これで力さえあれば、一織ほどの努力家なら偉大な魔法使いへの道は約束されたようなものである。
「消えるちゅうのが、ほんまにただの体質、もしくは魔法の一種で、力があったら……?」
俺の小さな独り言は、問答は終わったと、既に本に夢中になっている一織には聞こえていないらしい。こちらに何か反応したりはしなかった。
魔法を扱う力も、大なり小なり、少しの例外を除いて誰もが持っているものだ。
それが魔法という形になるほど、力を持たない人もいれば、会長のように余りそうなほどある人もいる。
「固有の魔法やったら、自分自身のコントロール、その上で外部からの刺激で……いや、むしろ、変換、か?」
生まれついての固有の魔法である場合、その魔法の力を変換する術式や術言さえ完成させれば、力は曲げられるかもしれない。
「術式、もしくは術言化させた上での」
ぶつぶつ言いながら考えていると、本に夢中であったはずの一織がこちらを見ていた。不振なものを見る目をだ。
その不振な目には、見覚えがある。
「わっおー、会長そっくりやで」
「ちげぇ。あいつが俺に似てんだよ」
一織は舌打ちをしたあと、手に持った本を俺に渡し、別の本を探すようにして顔を背けた。
「そんなん、俺がやってねぇと思うか?」
「そやねぇ、おひぃさんのが俺より賢いもんねぇ。ほなら、こういう専門の良平にいうてみるとええんちゃうかな」
困ったときの良平頼みと言わんばかりに、良平の名前を出すと、これもまた舌打ちをされた。
一織も会長も、何かあれば舌打ちをしてくれるので、俺は舌打ちの具合で人の気分が読めるような気さえする。
主に、畜生このクソがという意味がこめられているような気もするが、きっとそれは気のせいだ。気のせいということにしておく。
「良平のこと、本当に好きだなお前は」
しかし、この舌打ちは確かに畜生このクソがではあったが、そのあとに続くのは、心が折れるようなものではなかった。
「あ、嫉妬か」
納得のあまり口が滑ったのだが、何気なくもう一冊、本を棚から抜いて俺に渡した一織から照れも隠れもしない答えが返ってきた。
「悪いか」
直球すぎてこちらが逆に気恥ずかしい。
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