「悪かないけど、良うもないわな。良平の何処に嫉妬するとこあんねんな。あと、アレはとりあえず良平に押し付けたれってやつやから、好きとかいわれたらもう、殴りたなるわ俺を」
「殴ってやろうか」
「遠慮……」
一織とよく似ていたが、それよりも少し高く、けれど温度は低い声に、俺は口をあけたまま動きを止めた。
その声に遅れたように頭の隅が少し痛くなる。
「……デートか」
声の温度がいつもより低い。
俺の後ろからするその声を、俺も一織も良く知っている。
反応が遅れた俺が答える前に、一織が頷いた。
「デートの下見だ」
「……ほぉ」
答えているのは一織だというのに、あくまで俺を威圧してくるので、背中が寒い。
「いや、おひぃさんなんで普通にデートとかいうてるの、ちゃうやろ。下見はしてるけど、ちゃうやろ」
舌打ちが二方向から聞こえてきた。
両方とも黙れクソといっている気がしてならない。
「まぁ、コレはおいておいて。……兄貴、今日は一緒に夕飯食わねぇか」
「わざわざ、そんなこと言うために声かけたのか?暇だな十織」
兄弟に挟まれて、舌打ちどおりに黙っていると、会長が一織を夕食に誘い始めた。
「暇暇。受け取りに来ただけだから、研究書読むくらいしかやることねぇし、受け取りの本見てみたら、神前だの、地理だの、その関連の書籍しかねぇし。仕方ねぇから図書館来て、関連書籍読もうとしたら、このやろうが殴れって言ってるのが聞こえるし」
殴れといった覚えがない。
けれど、一織は何度か頷いて、書棚に目を向け、一冊取り出す。
「この辺りが、そっちの手元にある本に関連しているはずだ」
迷いなく選ぶ姿に、俺は首を傾げた。
「……おひぃさんや、他の本の内容も知っとるん?」
「…………ああ」
妙な間があったが、一織は頷いた。
この仕事は本当に、サポートを任された人間のほうが詳しい。
「兄貴なら、知っててもおかしくねぇよ。何処でも本は読んで」
「十織」
得意げな響きで話している会長を、一織が小さいが強制力のありそうな声でさえぎった。
「何」
「飯一緒に行くか」
「おう、行く行く」
妙に間があったことといい、十織の話をさえぎったことといい、何か秘密にしたいことでもあるのかもしれない。
今、追及しても、おそらく無理矢理話をそらされるだろう。
聞くなら、忘れた頃ぐらいがちょうどいいかもしれない。
俺はそう判断して、二人の話に勝手に入っていった。
「じゃあ、俺も一緒に行こかな」
「てめぇは誘ってねぇよ」
相変わらず俺に対する圧のかけ方が絶妙である。
「おひぃさん、弟さんがケチくさい」
「あ?」
くじけず兄である一織に告げ口をすると、一声で圧力をかけられてしまった。
一織は俺の目の前で、半笑いを浮かべるばかりで、弟に対し何か言うことはないらしい。
「じゃあ、あとでまたな」
去り際にちゃっかり俺にもう一冊本を渡して、俺を追い抜いて、一織は去っていった。
振り返ると、既に二人の姿はなく、再び後からやってきた頭痛に俺は首を傾げた。
会長は一織ではないから、突然現れたり突然消えたりはしないはずだ。
昼間の図書館とはいえ、仕事で来ているのだからと気を張っていたから、気配のなさに驚いてしまう。
「まさか、転移してきたんやないやろな……」
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