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「良平が武器化の術式を発表したらしい」
話をかえるための口実に使った弟と遅すぎる昼食をとっているときのことだった。
「……それを何故お前の口から聞いているんだ?」
最初は和やかに弟の十織が商業都市に来た感想や、十織曰くアレの文句を聞いていたが、不意に、何かつまらない出来事が起こったようにそれを言った。
「アレに言ってねぇんじゃねぇの。握り潰された上に、他の人間のものになってるとか」
良平はただの一学生だ。その上、聞くところによると母親は魔術師で魔法学者扱いとはいえ、魔術都市で有名な学者というわけでもない。父親は傭兵だという話であるし、後ろ盾を持たない若い魔術師の研究が他の権威ある魔術師の成果になるというのはよくある話だ。
「俺も親父から新しい魔法技術の話を聞くまで知らなかった。親父は技術の話しかしなかったが、横取りされてるってのは知ってたみたいだった」
「……良平には?」
「聞いてねぇけど、俺の知ってる術式だった」
進級試験の際に教えられた術式より少し進化していたが、良平のそれだと、すぐにわかったという。
俺は眉間に皺が寄っていくのを感じながら、どうして良平が術式を発表しようと思ったのかを考えた。
魔法使い達は、自らの研究である魔法を他人に教えたがらない。共同研究や、人の手が欲しいときは教えることもあるが、大抵は死んだ後に残った資料から見つかったり、死んでからも見つからないままになる。
研究費用のために発表する人間もいるが、それもあまり多くはない。
それに良平のことだ。後世に残そうとも思わないだろう。
それに、握りつぶされることも、他人のものになるだろうことも予測できたと思う。
あれだけ魔法に執着し、力が少ないというだけで魔術都市にて辛酸を舐めていそうな魔法使いなのだから、魔術都市の魔術師のやり方も知っているはずだ。
だから、今のなんの力もない良平が、術式を発表するということがどういうことかも解っているはずなのだ。
ならば、なにを目的に術式を発表したのだろう。
「研究材料を、与えたのか……?」
俺の思いつきに、十織が目を見開いたあと、徐々に口角を上げた。
「わざとか……!」
術式が発表されれば、それは他人の研究材料になる。
もしも、その術式が他人に秘匿されてしまうと、研究されたとしても人の目に触れることもないのだが、今回は発表されており、人目にも触れている。これから、良平が進化させた術式は更に、他人の手で進化するはずだ。
良平は他人の手を使って、術式を進化させようとしたのかもしれない。
「でも、良平の名前じゃねぇんだな」
大々的に良平の名前で発表されたのならば、良平にパトロンもついた。研究も自由に出来ただろう。
まして、他人に横取りされる心配もしなくてよくなる。
「……そうだけど」
嬉しそうな顔をした十織が一瞬にして、悔しそうな顔になった。
どういった経緯を辿り他人の発表という形になったかはわからないが、一時期、良平はやたらと携帯端末で何かを見ていた。
ちょうど、キョーが学園にいなかった時期ぐらいだ。
あれは、術式が発表されるかどうかを見ていたのかもしれない。
そんな不確かなことに左右されていたのかもしれない友人を思うと、腹の底に何かが溜まる様な心持になった。
しかしそれは十織には、言うべきではないだろう。弟は意外とそういうことを気にする性質だ。
「……良平のことだ。いつか取り返すだろう」
「そうだよな」
十織は俺の言うことを素直にききすぎるきらいがある。
自分自身を納得させるように頷くと、話題は他の場所へと飛んだ。
「そうそう、本のことなんだが、神前の地理とか、現在の地理とか信憑性のある話なのか?」
まるで、俺が知っていることのように話してくる弟の、俺の知識への信頼ぶりに苦笑を堪える。
うまく良平の話が終わってくれたことは嬉しいが、俺への信頼なのか尊敬なのかはいいことばかりではない。
「魔法的には面白い話だ。召喚魔法で召喚される獣は、そこからきているとされている説もあるからな」
「へぇ……なら、大陸が二つに分かれたっていうのもアリか?」
「いや、俺はもう一つ作った説のほうが信憑性があると思う」
「どちらにせよ、二つか」
「そうだな、二つだ」
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