真夜中の伝説たち


数冊の本を土産とばかりに天幕まで持ち帰ると、バタバタしている技芸団の雰囲気にのまれ、気がつくとお疲れ様といわれるまで働いていた。
「今日は、もう一仕事あるんやけど」
「それは大変だね。僕はこれで今日は終わりだけどね」
ふふふと朗らかに笑う和灯がにくらしい。
和灯は本の転送の手伝いはしてくれたが、それ以降こちらの手伝いをしてくれない。
こちらとしては手伝ってもらいたいのだが、今回の仕事の主導権は団長にある。和灯の仕事の割り振りも団長が決めているはだ。
和灯が何も言ってこない上に、団長も何も言ってこないのだから、和灯をこの仕事に関わらせるつもりがないのだろう。
本があるのは図書館だ。しかし、まだ、本のある位置はわからない。
図書館員が所有しているという話であるし、もしかしたら図書館ではなく、その人の家にあるかもしれない。
俺ならば禁書を家に置いておくのは嫌であるが、奪われることを心配するのなら、肌身離さず持っておくということもある。
普通に考えれば、図書館員は夜には帰宅するはずだ。
もう、本は図書館にはないかもしれない。
「結構、つまっとると思うんやけどなぁ……」
慎重に調べることもできる。
だが、祝祭のお祭り騒ぎで、このまま本など最初から存在していなかったかのように消えてしまいそうでもあった。
そうなってしまえば、後が面倒なのは火をみるより明らかだ。
だからこそ、消えてしまわないうちに本を手に入れたい。
そうして、慎重に調べる時間は減り、実行に移す時間は早まる。
「そうなの?図書館そんなにスゴイ警備?」
「いや、そこはな、昼間見た限りじゃ手薄やったわ」
「じゃあ、大丈夫じゃないかな。一織さんが見たら解るでしょ?」
話に出てきた一織に本当かどうか確認するために、その気配を探す。
随分後方にその気配を感じるが、声が届かない距離でもない。首を横に振り、大きめの声で尋ねるように答える。
「いや、いくらなんぼいうても、そんなスゴイ目もっとらんやろ」
こちらに近づいてくる気配がするのは、声が聞こえたのか、こちらに気がついたかだ。
どちらでも答えてくれるのならそれでいい。
「なぁ、おひぃさん、もっとらんよな。見たら、本が解るような、ようできた目」
一織がすぐ後ろにいると確信したからこそ、言い切った。
振り返ると確かに一織は真後ろにいたし、近くに居たが、俺の質問には俺と同様、首を振る。
「良く見える目ではあるが、本が解るわけじゃない。本にかけられている魔法がわかるだけだ。魔法の組み合わせ、種類が解れば、本をある程度は特定できる」
和灯が言うように便利な目だった。透視や千里眼のようなものではなく、かなり魔法が見えるという目であるが、これなら色々な使い方ができる。
欲しい本にかけられている魔法さえあたりをつけてしまえば、本を見つけるのも難しくはない。
「……便利な目やなぁ」
「だから、諦めきれねぇんだよ」
「それもそうやな」
悔しそうというよりも、呆れるような声でいうものだから、俺もさらりと流してしまった。
諦めきれないと本人は言うが、どこか半分以上は諦めているのかもしれない。ずっと方法を探し続けるし、求め続けるが、いつか魔法を使えるようになるという未来が思い描けないのだろう。
「ほんで、依頼の本の魔法とか、どんながかけられとるとかあてあるん?」
「そうだな。変わっていなければ、閲覧阻止系が三つ、魔法妨害系が七つ」
魔法の数を暗算し、一織の言葉に頷こうとして気がつく。
「変わっていなければ?」
「………他の、本と、変わっていなければ」
一織の言い様では、少し違和感が残る。
それを指摘したのは俺ではなく、和灯だった。
「違っていなければ、ではないんですか?」
どちらもちょっとした違いであり、他の本と同じようであればという意味に取れるのだが、本当に少しの違和感があるのだ。
「前に見たことあるんかい、今回の本」
一織が少しの間、俺と和灯を見つめているようで、虚空を見つめて悩んでいた。
短い間であったが、本人は記憶の旅に出て、何か言い訳のようなものを探していたのかもしれない。
僅かに頷いたあと、一織は口を開いた。
「魔法機械都市で見たことがある」
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