「ワンフロア楽勝って……疲れない?」
俺が一織の目に興味を惹かれている間にも、魔法が見える目を使っているだろう和灯が、驚きに声を上げた。
「見えるという分には疲れる。見えすぎて、ごちゃごちゃして見える」
「え、それじゃあ、普段はどうしているの?」
「見ないようにしているし、眼鏡がある」
その答えには、俺も驚いた。
「それ、近視用の眼鏡ちゃうんかい」
「いや、近視だが……寿が遮断フィルターも入れてくれた」
俺が始めて副会長として一織を見たときには既に眼鏡をかけていたから、魔術機械都市にいるうちに、こーくんが作ってくれたのだろう。
こーくんの発明品は、こーくん本人と違って随分いい働きをしてくれる。
普段は、馴染みすぎていて気にすることもない眼鏡も、こうやって言われると気になるものだ。
「フィルターってことは、シールにして張ることもできたりするん?」
「この眼鏡ができる前は、そうだったな」
もしかしなくても、この美形を損なうような有様だったのではないだろうか。少し見たい気がして、俺はこーくんに画像がないかそれとなく聞いてみようと思った。
「俺のことはいいとして、仕事は?」
一織のいうことはごもっともだった。
図書館にはいくつか出入り口がある。
その中で今回入り口にしたのは、その出入り口ではない。
二階の窓だ。
二階は魔法関連書籍の棚が並んでいるのだが、貴重な本が置かれているわけではない。盗まれては困るものだが、三階や一階ほど警備が厚いものでもなかった。
一階は機器類が多いし、データの管理もしている。何より地下へと続く階段があるために、警備は他より厳重であるようだ。
それだというのに、あまりにもうまく侵入できてしまったため、何かを忘れている気もする。
俺は気配を読みながら、そっと切り抜いた窓ガラスを床に置いた。
「犯罪者の気分や……」
「不法侵入してるんだから、立派な犯罪者だ」
ボソボソと返ってくる答えに、ちらりと近くに居る一織を見ると、帽子に眼鏡にマスクとわかりやすく顔が隠されていた。こうなってしまえば男前も形無しであるのだが、いかんせんスタイルがよすぎる。
一方の俺も似たようなもので、目出し帽できっちりと顔を隠していた。残念なことに、一織ほどのスタイルのよさは持ち合わせていないため、顔を隠しても普通の不審者である。悲しいまでの足の長さの違いは背の高さの違いと思いたいところであるが、背の高さについても、それほど一織が高いというわけではない。辛い事実に、こーくんが俺の足の長さまで持っていったのだと主張したいくらいだった。
それをすれば恥ずかしい思いをするのは俺であるし、いくらなんでもこーくんはそんなものは持っていっていないだろう。解っているだけに、大変悔しい。
「ほなら、慎重にいこな」
「嘆かわしい限りだな」
器物破損に不法侵入。
確かに嘆かわしいし、まったく褒められたものではない。どころか、犯罪であり、やってはいけないことで、ばれなければしていいというわけでもない。
「良心の呵責は?」
「良心が薄い」
「それはひどいわぁ」
小さな声でボソボソと会話をしながら、一階に続く階段に向かう。
二階には巡回中の警備員はいない。気配を読んであるし、監視カメラの類もこの図書館にはない。これも昼間に確認済みだ。
現在、警備員は三階と地下にいる。
「地下の警備員は動かんみたいやね」
階段にたどり着くと、慎重に足を運ぶ。
カーペットが敷かれたフロアとは違い、滑り止めがあるとはいえ、石で出来た階段は、消音に適している靴でも音がしそうだ。
「地下への入り口は?」
「搬入用の昇降機と、通風孔。あとは階段」
階段を足音もさせず素早く降りていき、一階にたどり着くと、再び速度を変える。
「昇降機は音が煩い。階段は警備員と鉢合わせる」
「通風孔なぁ……」
「とりあえず、上から見てみるか?」
「ん?」
急に一織が足を止め、おもむろに眼鏡を外すと床下をぐるりと見渡した。
帽子のせいでよく見えないのだが、目を凝らしてみているらしい。しばらくすると、目頭の辺りを揉み始めた。
「……見えるもんなん……」
ポツリと呟いた俺の言ったことは解らなかったようだが、言いたかったことは理解したようだ。
一織は、俺に近寄ると小さな声で答えをくれた。
「魔法は、光って見える。力が大きければ大きいほど光る。障害物は厚みによっては見えなくしてくれるし、距離があると、目で見ているから光しか分らなかったり見えなかったりするが、この距離で厚みなら、なんとか」
一織の説明のおかげでちょっとした疑問も解けた。魔法は見えずとも魔法であり、見える人間には光として見えるようである。
それは、あの時も眩しかっただろうなと思い出して、目を細めた。
俺にも、少し、それが今になって眩しい。
そんな気がしたのだ。
「ほんで、どうなん?警備員、二階まで降りてきとるから、簡潔にお願いするわ」
「下に、俺が見たことのある魔法の組み合わせが一つある」
眼鏡をかけなおしてそう言った一織に、俺は一つ頷く。
「ほなら、通風孔か、警備員倒すかどっちかやな」
「通風孔の入り口を静かに開ける自信はあるか?」
俺はこれにも数度頷いた。
「ない」
「警備員、落とすか」
いつもの怖い仕草が、今夜ほど心強い日はない。