俺はその提案に頷いたあと、俺たちの現在位置と警備員の現在位置を確認する。
俺たちは今、図書館一階にいた。
地下へ続く階段は、上へ登るための階段とは別にあり、それは図書館の貸し出しカウンターの近くにある。その階段に向かう途中で立ち止まったため、今現在、十六過ぎた男二人して貸し出しカウンターの物陰にいた。
図書館の警備は外に多く、中には二人しか警備員がいない。警備員の二人のうち、一人は地下の階段近くにおり、もう一人は二階をマイペースに歩いている。
外にも二人警備員がおり、詰め所らしきところにも一人、警備員がいた。
図書館の中は、陽の光があまり入らないようにされている関係で、外から中を見ることが難しい。そのため、俺と一織は足元を照らす非常灯らしきものをたよりに、外はあまり気にせず動いている。
「さすがに一人殴ったら、他の連中来るどころか、増員されたりするやろなぁ」
「そうだな、ばれればな」
「ばれへん自信あるんかい」
「……一発で落とす」
心強くはあるが、やはり怖くて仕方ない。
「でも、魔法、発動するんとちゃうか」
この図書館では、魔法と機械、両方を使って警備を固めている。一階裏口と窓は、可視できるセンサーと出来ないセンサーで侵入者を阻み、正面出入り口付近には警備員の詰め所らしきものがあった。さらに二階の窓には全体的に魔法がかけられており、侵入者を知らせるための簡易な魔法がかけられているはずだ。
そこまで思い返し、俺は、ふと、自分自身の発言に誤りがあることに気がつく。
「……ああ、厄病神様がおったわ」
一織が無言で俺の踵を蹴ってくれたため、俺も無言で悶絶した。
「散々使っておいて」
一織がいるおかげで、二階の窓から侵入しても、魔法が発動しなかったのだ。
けして魔法が不発だったわけではない。
魔法をうまいこと解除するなんてことはできない俺にとって、見ることが難しく、使われていることが解りづらい魔法は厄介な代物だ。
「いや、魔法が消えるちゅうことは、普通は解除せん限りないことやから」
可視できないものは発動しなければ使われていたということさえ解らないのだから、消えたということも意識することがないのだ。
だから一織が魔法を消すという事実を知っていても、派手に解る要素がないと本当に消えていると意識することもない。
そして、ついつい、魔法という弊害があるといってしまったわけだ。
「さて、ほんなら、ちょいちょいっとやってもらいましょうかね」
こうやって、ついつい都合よく頼んでしまっていることも、魔法を無かったことにしてしまったり、一織が魔法を消すことを意識の外にしてしまったりしているのだろう。
この後、一織の素晴らしい活躍により、本は無事に手に入った。
うまいこと泥棒さんできたなという感想を持って、技芸団の天幕に戻ったのだが、翌朝、それはまったくうまいこと出来ていなかったということを知る。
俺は、本当に、この時、一織の体質について深く考えてなかったし、そんなにも有効範囲が広いものだと思っても居なかった。
その上、意外と図書館の警備が、そう、思った以上に堅かったということも、知らなかったのである。



◇◆◇



朝刊に間に合わなかっただろう、号外の紙切れとしかいいようの無い新聞を受け取って、俺は思わず飲んでいた茶を噴出しそうになった。
号外の新聞には、でかでかと図書館の魔法、消える!?という見出しが躍っていたのだ。
「魔法が、消える?」
魔法が消えるというと、どうしても兄貴を思い出してしまう。しかも、ことは昨夜、図書館で起こったらしい。兄貴は何かの下見がどうとかと言っていた。内心、とても不安になりながら、俺は新聞記事に目を通す。
新聞記事の見出しは消えると表記されているものの、記者や警備の連中は何者かに魔法を解除されたと思っているようで、長々とどうやって魔法が解除されたのかという推測が並べ立てられていた。
俺は真剣に、その記事を読み進め、犯人がいったい何をしたのかということと、犯人の行方を追った。
しかし、図書館の魔法が消えたことばかり取りざたされており、過去、魔法が消えた図書館は近年ではもう一つあるという話で盛り上がるばかりで、俺の知りたいことはなかなか姿を見せない。
記事の最後のほうに、図書館では盗まれたものはなく、窓が切り取られたこと、建物に侵入されたこと、魔法が消えたこと以外の損害はないと記載されていた。
まるで、愉快犯の出てくる探偵小説だと締めくくられた記事に、俺は頭を抱える。
「何やってんだよ」
言うまでも無く朝刊よりも早く届いた本を取りに行ったのだろうが、図書館に取りに行ったとは聞いていない。聞いていたって文句の一つも言ってやりたくなった。
「……もしかしなくても、アレか?」
兄貴が自発的にそんなことをするはずが無い。
そう信じたい。
たとえ、魔法が消えたもう一つの図書館が魔法機械都市にあって、それが、兄貴が魔法機械都市で学んでいた期間におこったことであってもだ。
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