悪夢の白昼夢


朝からいい笑いを貰った。
「魔法書架の悪夢……」
朝刊に書かれた魔法機械都市の図書館での出来事はそう呼ばれていた。
「お前が笑うな」
昨夜と同じところを蹴られ悶えながら、俺は一織が秘密にしておきたかったことを知る。
「疫病神様、悪夢にもおなりでしたか」
「だから、お前が言っていいことじゃねぇよ」
再び同じところを蹴られかけ、俺は前へと跳躍した。
足の痛みのおかげで、思ったよりも距離が開かなかったが、一織の蹴りを避けるには十分である。
「いや、しかし、結構やってくれとったんやなぁ」
「意外とトラップが多かった。魔法の色が違うものもあったから、盗った奴の魔法もかかってたんだとは思うが」
「へぇ。魔法、色まで違ったりするんやな」
一織が、少し俺を不思議そうな目で見てきた。
「キョースケ、そんなに見えないのか」
俺は、さすっていた足から手を離し、頼まれた買出しの品を確認すべくメモを取り出す。
「こーくんとかよう見えとったやろ」
「寿の話は聞いてねぇよ」
「いやいや、あげてもてん、こーくんに」
「なんだ、その先に生まれていいとことっていったみたいな」
いいところどころか、悪いところと言えるところを持って生まれた一織としては、言われたくない文句だろう。
「いや、ちゃうちゃう。もしかして、聞いたことなかった?俺な、こーくんとちょっとした事故で遺伝子一緒にいじってん。その際、なんや、こーくんに魔法的な感覚あげて、俺は人より鋭い感覚を貰うことになってんけど」
「あ?」
「一種の事故らしよ。なんや知らんけど、俺もこーくんも、得したなぁくらいのもんなんやけど、これは珍しい事例ちゅうてな」
俺はメモの内容を確認した後、ゆっくり歩き出す。
「初めての一から十まで育成して試験管で生まれたちゅうのより、そっちのがたぶん都市的には難しかったんやろね。感覚的なもんて、脳やら身体やらいじったちゅうても、発現するか否かは本人次第やろ。それを、二人とも発現させるどころか、分け合うとかもう、双子のシンパシーもビックリや」
黙って後ろからついてくる一織をちらりと見ると、何か難しい顔をしていた。
俺は振り返り、右手を上下に何度も振る。
「いや、そんな深刻な話やないから」
「……だから、帰るんだろ?」
俺は手を振るのを止めて、もう一度前を向く。
メモを中身の少ないポケットの中に入れて、ゆっくり歩いた。
「帰るだけや。そりゃあ、こうやって外出てみたら、色々行ってみたいとか、やってみたいとか思うけど、それはそれ、これはこれっちゅうか。魔法機械都市でやりたいことがないわけでもないし、帰るんが嫌なわけでもない。ちょっとした抜け道もないでなし」
少しだけ誰かを羨ましいと思うことはあっても、何が何でも、あの都市から出て何かをしたいわけではない。
一織のように執着するほどのものが、俺にはないのだ。
大事にしたいものは少なくないが、どうしても欲しいと言えるものはない。
「なら」
「ちょっと待てそこのやつ!」
誰かに呼び止められ、一織は口を閉ざした。俺は振り返って、結構離れてしまっていた一織とその誰かを見る。
「あ」
この都市にいれば埋もれてしまいそうな、ナチュラルな風合いに小物の色使いが煩い、平均よりも少しだけ恰幅がいい男が、一織の肩を掴んでいた。
見覚えがあり、思わず声を上げてしまったせいで、その男は俺を見て目を見開く。
男は、先日、本運びを邪魔してくれた人物だった。
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