「罠につぐ、罠、七番通りの白昼夢……!」
男の呆然とした呟きに、一織が噴出す。
「おひぃさんかて、悪夢やし神様やない」
笑いながらもしっかり、俺の呟きを読んだらしい。一織が締まらない顔で睨みつけてきた。それでも、俺が白昼夢と言われたことが大変お気に召したようで、笑うことを止めない。
おそらく、十織と間違えられて引き止められたにも関わらず、一織は呑気に笑い続ける。
「クソッ!今回は大丈夫だ、既に接触してるんだから!」
既に接触していたら、罠を張る時間がないと思っている時点で、何も大丈夫ではない気がしなくはない。
「盗っていった物を返してもらおうか!」
「何にも盗っとらんわ、返してもろただけや」
俺はそうして話している間に、先日罠にかけた連中の気配を探す。一人は目の前、その後ろに二人、残りはまた俺達を囲んでいる。
今回は先日と違って何か邪魔になるものは持っていないし、誰かを逃さなければならないわけでもない。強いて言うなら、頼まれた買い物が遅くなるかもしれないということだけだ。
「どっちでもいいんだよ、物が手にはいればな!」
腰の辺りから腕の長さほどの棒を引き抜くと、男はそれを近くにいた一織に振った。
「いうても、今もっとらんし」
一織は笑いながらも、その一撃を避けると、男の足に自らの足を引っ掛ける。
男は転ばなかったが、よたよたと不安定にその場を前進した。
「クソ!クソクソ!痛めつけてやる……っ」
よほど嫌なことがあったんだろうなと、その嫌なことの原因、もしくはそのものであろう俺も哀れな気持ちになった。
しかし、こうして襲われてみると、哀れな気持ちはあっても、思うことは一つである。
「面倒やな。おひぃさん、やっておしまい」
「……ッ、いや、お前も働けよ……ッ」
「働いてもええねんけど、街中やさかい、銃使われへん」
サイレンサー好きの先輩のように至近距離で銃を撃ってもいいのだが、そうなると確実に流血沙汰になってしまう。
「学生のうちは清い身でありたいやん?」
「よく言う」
俺の一言は、一織を笑いから抜け出せるほどの威力があったらしい。最後に、俺を一笑すると、一織が動き出す。
変化は急激だ。
動き自体は少なく、振り下ろされた棒を避けただけのようにも見えただろう。
その棒を持つ手を叩き、再び足を引っ掛けて、不安定な姿勢になった男の背中を前に叩くという一連の動作は無駄がなかった上に速い。
既に一織の周りには男の仲間と男以外は、近くにいないため、一織と男の周りだけ人は少なく、男がこけたのが良く見えた。
俺はそれを確認すると、ベルトについているポーチの中からナイフを一つ取り出す。
「儚い希望やろか……」
折りたたみのナイフを刃をだすことなく、背後から俺をとらえようとした人間の足元にたたきつけた。
「そういう意味で言ったんじゃねぇよ」
次々と一織に襲い掛かってくる人間は、一織の、あの怖い動作一つで、地面から起きてこれなくなり、また、あの動作がなくても、地面の上でうめき声を上げることになっている。
「じゃあ、どういう意味や」
俺を襲おうとしていた人間が足に気をとられているうちに、俺は肘を背後に思い切り引いて、その感触に頷いて、落ちていたナイフを踵で踏んで場所を確認した後、前方に蹴った。
ナイフは地面を擦って前方へ移動する。人の足をかいくぐり、まっすぐ進み、難なく一織に拾い上げられた。
「清い身じゃないだろ」
「ちゃんとお婿さんに行ける程度には清いわ」
「……それは婚前に性的交友がないと」
俺は身を反転したあと、腹を片手でおさえ、片手で俺を捕らえようとする人に蹴りをいれて、顔を少しだけ一織に向けた。
「……童貞ちゃうで」
舌打ちが飛んできたのは、俺が二人目の人間を蹴りつけている時だった。
一体なんに対しての舌打ちか、知りたくない限りである。
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