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「実家には、ここのこと言うとらんのですが」
「……ご実家のほうが調べたのかもよ」
先ほどまで足を抱えていたのは嘘かのように、余裕の表情で立ち上がり、俺に向かって叶丞くんが微笑んだ。
「もしかしなくても、団長、俺のこと、知っとりましたね?」
「何故、そう思う?」
「ひぃ……一織のこと、最初、一織くんとやらちゅうてたでしょ?せやのに、俺のことは最初から叶丞くん」
首を少しかしげ、俺は叶丞くんに微笑み返す。
「叶丞くんのほうに、より親しみを感じていただけかもしれない」
「その親しみ感じる理由が、俺を知っとったから、でもええやないですか」
「そうだな」
なるほどと頷くと、俺は叶丞くんに、通信機がある場所を指し示して見せた。
叶丞くんはその場所に視線を向けただけで、通信しようという意志を見せない。
「あと、和灯に本の転送はさせたのに、図書館に行かせんかったこと」
「和灯にさせたくなかっただけ」
「かもしれひんけど。でも、あの投げっぷりは諦めか、信用やと思いますわ。もちろん、俺や一織に対する信用やないですね」
俺はこみ上げてくる笑みを、我慢することが出来なかった。
叶丞くんは、俺の友人が教えてくれた通りの子だ。
叶丞くんが呆れたような顔でこちらを見ているのも構わず笑って、むせた後、息を整える。
「……あの学園に入るように、和灯に薦めたのは、俺だ」
呆れた顔から仕方ないような顔に変えて、叶丞くんが、友人の名前を口にのせた。
「標(しるし)やな」
「そう、叶丞くんにあの学園を薦めた標は、俺の友人だ」
「ちゅうことは、先輩になるんですかね」
頷くと、友人のどうしようもない悪戯の数々を思い出し、また笑ってしまった。
「……それで、その標を通じて、伝言になるのかな。さすがに、学園外へは一週間も認められないから帰宅しろとのことだ」
「なんや、友人とこ泊まるちゅうて、恋人とお泊りした青少年の気分ですわ」
「それはちょっと気軽でいい。……都市からの強制なんだろ?」
叶丞くんは、一つため息をついて、出口を一度振り返った。
「皆、重たく考えすぎや。ええ機会やし、帰ったってもええわ、くらいのもんやのに」
「十織くんは重たそうに見えなかったが?」
俺に振り返り、さも当たり前といった様子で、叶丞くんは頷いた。
「知らんから、当然ですよ」
「なら、一織くんは知っているのか」
「魔法機会都市に、知り合いがおりますさかい」
一向に通信機を使うそぶりもなく、足の痺れもなさそうな叶丞くんに、いつまでもここに居てもらうわけにはいかない。
だが、俺は口を開く。
「叶丞くんは、魔法機会都市の知り合いじゃないのか?」
「そうですね、そのうち、そうなるんでしょうね」
俺は、目と目の間をもんだ後、叶丞くんを頭の先からつま先まで見た。
友人の言ったとおりどころか、それ以上に面の皮が厚く、少し若い。
年齢に見合った若さだ。
「叶丞くんもそろそろ仕事に戻ってもらおうかな。足の痺れもいいころだろ」
「そうですね、踏まれたところは痛みますけど」
最初から足の痺れは此処に残るための口実で、痺れなどなかっただろうに、平然と言い放つ叶丞くんに迷いはないのかもしれない。
足を一撫でしたあと、天幕から出て行く叶丞くんに俺は一言投げておいた。
「知らないことは、存外、寂しいもんだよ」
「気のせいちゃいま、……せんか」
そう、きっと寂しい思いをするだろう。