チラシ配りは順調に進んだ。
愛嬌は俺のほうがあるのではないか、そう思っていたが、しかし、一織の外面ときたら、俺の愛嬌など一瞬にして吹き飛ぶものがある。
相変わらず寒くて仕方ない爽やかな笑みを浮かべ、まるで技芸団のチラシを配っているように見えない一織は見事なもので、チラシをゴミになるから欲しくないという人も、その笑顔に騙された。そう、あの副会長スマイルには最終兵器、もしくは必殺の威力があるに違いない。俺は、もう既に中身を知っているため騙されるどころか寒気しかしないのだが、知らない人間からしたら、あの爽やかさと汗もかかず、いや、その汗さえも光る美形を前に、ひれ伏すしかないのだ。
結論からいうと、俺は、チラシ配りという名の戦いの敗者となった。社交性のある美形はずるいの一言である。
「イケメン、ずるい」
負け惜しみまで呟いてしまう始末だ。
「十数枚差で、ずるいといわれてもな」
俺の愛嬌もイケメンに迫るものがあるのかもしれない。そう思っているほうが心の平安を保てる。
俺は一織にその十数枚のうち半分を分けて、チラシを配り終えると、二人揃ってそのまま休憩となった。
チラシを配り終えたら、お昼休みにしてもいいと団長が言ったからだ。
お昼休みというには少し遅い時間であるが、このまま昼飯を食いに行くことにした。
「ほんで、俺の時間ちゅうと、この時間も俺の時間なわけやけど」
「少ねぇ」
「少しいうてたやろ」
人通りの多い場所では、ここぞとばかりに屋台が並んでおり、俺達は迷うことなく屋台で手の汚れそうにない食べ物を買い求めた。
「そうだが。もう少し」
「ほな、夜か」
「それも少ねぇよ。帰る前に時間ねぇの」
「言うても自分も仕事やろ」
一織が、まずいという顔をした。計算間違いでもしたのだろう。開いているほうの手で顔を覆ったあと、眉間に皺を寄せた。指の隙間から見える眉間の谷は深い。
「昼前くらいには帰路につこうと思うてるし、この時間で足りひんなら、夜しかないで」
一織はしばらく顔を片手で覆ったまま唸ると、声を絞り出した。
「……じゃあ、夜、で」
「ん。じゃ、夜な」
俺は紙に包まれたサンドイッチを食いながら、ぼんやりあたりを見渡す。明日帰るのかと思ったら、都市ぐるみの一番大きいだろう祭りが、少し惜しい気がした。
「ほな、一緒に祭りでも行く?」
「は?」
思わずといった体で顔をこちらに向けた一織は、先ほどの苦悩が何処へ行ったのか、ぽかんとした顔をしていた。
「終わりの三日、二日目晩や。時間があるなら、朝まで騒いでも罰は当たらん」
サンドイッチを口に詰め込み、そこそこ噛んで嚥下したあと、紙を丸め、ゴミ箱を探す。
「それに、せっかくめったに経験できへんこと経験しとるんやから」
俺がゴミ箱を探している間にも、一織の目が驚きにゆっくりと見開かれていった。
「……十織は呼ばせねぇぞ」
「ああ……、それもよかったかも」
「呼ばせねぇから」
急に不機嫌になって、俺の持っていたゴミをついでに捨てに行ってくれた一織の背中を見守り、最初から、その選択肢はなかったという言葉を飲み込む。
一織に時間をやるのだから、一織以外の人間を呼ぶという選択肢を消したからではないと気がついて、少し不思議に思ったのもある。
それ以上に、ちょっとした悪戯心が働いた。
「あかん?」
一織を追いながら、声をかけると、先程よりも不機嫌な声が返ってくる。
「駄目だ」
「えー」
「えーじゃねぇよ。俺にくれるんだろ」
「そやけど。あかんのか」
なんだか楽しくなってきたのだが、舌打ちが飛んでくるまえに、俺は方向転換をした。
「まぁ、しゃあなしやで」
顔を見られる前に、俺は天幕がある方向へと歩き出す。
今、顔を見られたら大変だった。
ひどく底意地の悪い顔をしている自信があったのだ。
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