陽がくれると、団長が明日帰るという俺に少しばかり気を使ってくれて、早めに仕事を上がらせてくれた。こちらはわがままにも途中で帰るというのに、すこしいい人ではないかと思ってしまった。恐らく気のせいだ。
一織もなんとか仕事を早めに終わらせたらしい。
さすが副会長様だとからかうと、逆に、反則には叶わないと反撃を受けた。
「ほんで、なんや?」
「……別に」
時間を貰いたいと言っておきながら、いざとなると実行することが難しくなるようなことでもしようとしていたのだろうか。
昼間と同じような格好で、心持ちフワフワした祭りの雰囲気を楽しみながら、歩いていた。
人が増えるにつれ、同じように、あるいはそれ以上に増えていく声に、屋台。昼間とは違って、暗い中に混じり、増えていく明かりが、なんとも賑やかで騒がしく、また、楽しい。
「言わんとわからんこともいっぱいあんで」
昼間の延長なのか、からかい半分、興味半分で思ったことを言葉にする。一織はやはり昼間と同じように不機嫌な顔をした。
「お前としたかったんだよ」
「おん?」
昼間とは少し違う明るさの中、質問しておきながら色気より食い気というように食べ物の屋台を数える。腹をそこそこ満たしたなら、何かを観るのもいいだろう。昼間チラシを配っていたときに、同じようにチラシを配っていた人々を思い出す。
「デート」
「……誘われてないんやけど」
食べ物屋の屋台を数えていた俺より先に、自然に何事もないように、鶏の揚げ物を買った一織はそれをつまみながら、これもまた自然に答えてくれた。
「キョースケが先に誘った」
「いや、俺はそんなつもり毛頭なかったわ」
正直な話だったのだが、その気のある人間にとっては随分つまらない話だ。
一織はあくまで、俺の話は聞いていなかったというふりをした。
「キョースケが誘ってんなら、俺が誘う必要はねぇなと思わねぇか」
「いや、まぁ。なんちゅう風に思うかは本人の自由やしな」
「……なんだ、そのおめでてぇ野郎みたいな扱いは」
俺も一織を習って、すいているのをいいことに、自然な動作で粉物を買った。
「それにしてもすいとるなぁ」
「ああ、うちの天幕のライバルが、この時間公演だとかで……って、ちげぇ」
ここのところ、よく見る文句の言いたそうな様子の一織に、これもまた自然な手つきで果物飴を買い渡す。
「今日の格好やと、赤がよう似あうなぁ」
今朝のこともあり、そのままの格好でまたドンパチするようなことになってはたまらないと、俺も一織も一応変装していた。いつもの硬質な色の髪に似あう冷たい色の目ではなく、今は暖色のコンタクトが温かみを足していた。
「……りんご飴が良かった」
「いや、イチゴかわいない?」
「りんご飴は、鈍器のかわりになりそうで、いい」
俺は足を止め、振り返り、飴屋を見つめて眉を寄せる。
「ぶどう飴とか飛ばせそうで良かったとか言わんで俺は」
再び歩き出すと、一織が待っていたかのように答えを返す。
「食い物は粗末にしねぇし」
「いや、りんご飴のが好きな理由がなんや歪んどるのは気のせいか」
首をわざとらしくかしげたあと、イチゴ飴を口内に入れてしまうと、ガリガリと音を立てながら、一織は飴を食べた。
おかずの合間に食べるには甘すぎるのか、その後すぐに揚げ物に手は伸びない。
「気にするな。それに、飛ばすなら、この先のとがった串を」
「怖いから止めたってください」
動物の形をした飴と食べ物が入った袋をもったまま、降参の意を表し両手をあげた。
一織はそれに満足したように頷く。
「で、だ。デートなんだから、それらしいことをすべきだ」
「なんや」
「キス?」
俺は鼻から息が漏れるのを止められなかった。
「初心な少年やあるまいし」
「なら、ヤるか?」
いつもなら、こちらの命の危機が迫っている気がする言葉なのだが、微妙な音の違いが、俺としては生涯失いたくないものの喪失を感じさせる。