「いややわ、少年の心はどこいってしもたん?だいたい、素敵な雰囲気でもないのに、過ちも起こりようもないわ」
「なら、過ちが起こる様に素敵な雰囲気でも作るか」
「いやいや、ご冗談を」
再び揚げ物をつまみ始めた一織が俺と同じように鼻で笑う。
「さぁ、どうだろうな」
俺も手に持った飴を口に入れ、首を傾げ、解らないフリをした。
俺のとぼけ方が秀逸だったのか、それとも、一織はなおも攻めの姿勢を貫いたのか、一息おいて、一織は、声を出した。
「……デートもしたかったんだが、実は言いたいこともあった」
「ふうん?」
口にものを入れたままという行儀も悪ければ、態度も悪い俺を気にせず、一織は祭りの騒がしさとは違う、物静かな雰囲気を作り出す。
それはおそらく、俺が言った素敵な雰囲気を作るためであったが、それによりキスをするためでも、ましてヤるためでもないのだろう。
「でも、忘れた」
「あかんな」
「そうだな」
口の中に物があるせいで明瞭な音にならない俺の言葉をなじるでもなし、やはり、一織は静かだ。
「だから、少しだけ話す内容を考えたんだが」
「ん」
「お前は帰ることだし、自慢してやると言ってやろうかと思って」
ふと、何を自慢するというのかを考えた。不運さを自慢するのなら、一織に勝てる気はしないが、 そんなことを言って自ら不運を認めたり招いたりするようなことは一織がしたいと思わないだろう。
では、何を自慢しようというのか。十織のことならば、いつもこちらは悔しい思いをしている。自慢されるまでもなく羨ましいので地団太を踏むこともできる。
「商業都市で遊びまわってやったってのを」
「……そりゃまた、あれやな、ハンカチの用意がいるわ」
俺が羨ましいと言ったことを覚えていたのだろう。もしかしたら、気にしていたのかもしれない。
「感動で?」
「ちゃうわ、悔しくてかみ締める用や」
目移りしかしなさそうな屋台の間に視線を彷徨わせ、祭りの雰囲気を楽しみながら、普段よりも少しゆったりした速度で話し、歩く姿は、なるほど、風情がある。
一織が俺の答えに笑った姿など、男前もあいまって憎らしいほどだ。
「そうか。……で、どうだ。キスくらいはできそうか?」
「うん?」
「雰囲気」
「ややわぁ、男前ってなんでもかっこよう見えるわー惚れてまうわぁー」
男前など影も形も見えなかったかのような業とらしい俺の言葉に、一織が男前台無しな声を上げて笑う。
「……ッ、は。惚れてくれてもかまわないぞ」
息を詰めてまで言うことがそれなのだから、本当に男前も形無しである。
「昼間も言うたけど本気やったら、もっとええこと言うとるわ」
俺は奥歯で小さくなってきた飴を噛み砕く。
一織が噛んだときほど、いい音はしない。
「おひぃさん」
すでに空になっている揚げ物の容器に、俺が食べ終わった飴がついていた串を入れてやり、俺のほうを向こうとしない一織の耳に顔を寄せる。
「案外アホウやな」
投げキスをする要領で、わざとらしくリップ音だけ響かせると、一織がこちらを向こうとした。
「その気にさせる雰囲気っちゅうのは、こうやって作るもんやで」
一織が振り向く前に離れると、ほんのりと顔を赤くした一織が俺を睨んできた。
「残念、キスはなし」
からかってみると、思い切りのいい舌打ちが聞こえた。
意味は解らないでもない。
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