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たまには叶丞の顔も拝んでやらねぇとと寿の魔法自走にのったのは間違いだった。
「叶ちゃーん、やほーやほ、文化祭ぶりだにあ!」
天幕を背景に、一人寂しく立っている叶丞に抱きつこうとして避けられた寿を見て、俺はザマァミロと思えないくらい身体の状態が思わしくない。
それというのも、寿の運転する魔法自走が揺れたどころの話ではなかったからだ。縦揺れ横揺れ、どこかの警備隊に追いかけられる。警告を飛ばされると、本当に生きた心地がしなかった。
「こーくんはなんでもええけどさぁ……」
「え、軽く無視なんかに?」
「標、なんで来とるん」
俺は手で顔を押さえた状態で、小さく、寿のお守りと答えたが、叶丞には聞こえなかったようだ。近くに居た寿が口を開く。
「叶ちゃんに会いたくて……」
寿がふざけたことを言うので、足が出た。随分力ないローキックになってしまう。
「エレガジー社998RE33……」
何か次第に腹がたってきて、恨み言のようにとある銃の名前を呟いた。銃を扱う人間に不評を買っている銃なのだが、その不評さゆえに市場に出ている数は少ない、コレクター垂涎の銃だ。
銃を扱っている人間に不評な理由としては扱いづらい、すぐにでた新作機に劣る、暴れ馬と呼ばれるほどのコントロールのしづらさが上げられる。
「あれ、入荷したん?エレガジーの998RE33いうたら、あんまり評判ようないやつやよな」
叶丞は銃を扱う人間であり、俺仕込の銃マニアなところがある。銃を扱うことが下手糞な俺とは違い、叶丞はその腕前で他所の学校から引き抜きがかかるくらいだ。
「まさか、動く的とかいわんよにあ?」
俺は顔を手で隠したまま、笑う。
寿は俺から距離をとり、できるだけ被害から逃れようとしているようだが、俺はもう既に決めていた。
寿を的にする。絶対だ。
「ところで叶ちゃん、おひぃさんおるて聞いてたんやけど」
寿は俺の決意を知ってか知らずか、話をそらそうとしている。そらしたところで俺はやると決めたらやるつもりだ。帰ったら銃の用意をしなければと、笑みを零してしまった。
寿が少し身体を震わしたのが、見ていなくてもわかる。俺は笑いながら、寿のいうところのおひぃさんとやらの顔を思い浮かべた。
叶丞が居なくなってから頻繁にやってくるようになってきた寿の親友は、いつも寿のやることなすことに呆れていたように思う。
「寝とるよ。おひぃさん、寝ぇたらなかなか起きひんのやなぁ……」
叶丞はあくまで他人事らしい。俺の性格を寿よりよく知っているというのに、忠告をしてやらないとは幼馴染に厳しいものだ。
その上、寿の親友とは知り合いどころか親しい風である。俺の知らない間にガキが大人になったような気分だ。
「ちょ、なんや意味深に聞こえるんやけど」
寿など動揺して素が出ている。弟分のあれやこれやが気になるのは解るが、そこまで動揺する必要はない。
「そのままの意味やで」
「まさか、あんなことやこんなことが、いやいや、叶ちゃんに限ってそんな、そん……ちゃっかりしてるしなぁ……」
俺はそこでようやく顔を上げる。
寿は俺から離れてはいるが、今は俺の前に居ない。視界には入ってこなかった。
その代わり、叶丞と天幕が見える。送り迎えの人間がいないのは、朝と呼ぶのにギリギリの時間にやって来てしまったせいだろう。叶丞の人徳がないばかりに居ないとは思いたくないものだ。
「で、標。もう帰ろうと思んのやけど団長に会わんでええの?親しいんやろ?」
「親しい……?あのストーカー野郎とか?」
ここの団長は学生時代から俺のことを追いかけ、俺の周囲を嗅ぎ回り、できたら奴隷にしてくださいいかがわしいの込み込みでといってきた男だ。俺のことに関しては抜かりないし、抜け目ないため信用できるが、それ以外は信用していいことなどひとつもない奴でもある。
まったく親しくしたいと思えない。
「ん?俺のこと言うたりしてるよな?」
「……いや、言ってねぇ。あの野郎あらゆる人脈を使って俺の周囲は調べやがるから」
俺と共通した友人もいるし、やたらと俺と居ようとするため放っておいたから、俺の思い出の中でもあの野郎の出番が多くなっていた。
俺は俺で、あの野郎のことはどうでもいいため放置していたのだが、頑張れば友人といえたかもしれない。
「……ほな、団長さんの片想いちゅうこと」
「恋愛的な感情は一切ないと思うが、そうなるかもしれねぇな」
俺のことに関しては、自然と自分自身との関係を思い込みで話している節があるので、時に哀れだ。
「でも、そのこわぁーい人、なんで今、ここに居ないんだに?」
寿の質問はもっともである。
「あれの嫁が独占欲が強くてな。あくまで俺に寄せ付けようとしねぇ」
企みが嫁にばれたということだろう。野郎の嫁とはそこそこ仲がいいので今度、確認をとっても面白いかもしれない。
「ま、もう会うこともそうないやろ」
叶丞はそう言って天幕を振り返った。
早朝とはいえ、誰かが働いているのだろう。明かりがついている天幕がいくつかあった。
「……何か思うことでもあるのか?」
「んー……どうやろね?」
解っていながら、いつも首を傾げる。
この場所に思いを馳せたのか、数日間を振り返ったのか、それとも誰かを思い出すようなことがあったのか。それは俺には解らないが、叶丞が悪い顔をしていないのだから、悪いことではないのだろう。
「ほな、帰ろか」