普段の成績を考慮して


高等部二学年最後となるはずの新学期は、突然の寮内放送で始まった。
『学園全校生徒にお知らせします。今学期は少々趣向を凝らしたゲームからはじめたいと思います』
何かの目的でもない限り部屋にいる時間だ。
また学園の性質の悪いイベントが始まった。
『ルールは、各個人登録端末に送りました。明日になりましたら、フィールドへ強制転送します』
授業選択表を眺めながら修得予定の単位を計算していた俺は、ペンを持ったまま顔を歪める。
「あと五分しかないやん……」
ルールを確認しようと開いた携帯端末に表示された時間は、今日がもうすぐ終わることを教えてくれた。
『というわけで、最後に一つだけ。点呼後に友人と居る人は速く一人になれるとこに行ってね。……恋人と居た人、もしくはお楽しみ中の人、ざっまぁ!』
そしてブツリと乱暴に寮内放送は切られる。気のせいでなければ廊下にあるだろうスピーカーから流れてくる声は、追求のものだ。
隣近所の人間がもしかしなくても、夜にお盛んなのかもしれない。
もし、恋人が居ないということでの僻みだとしても、俺も言っただろう。
「そりゃあ、ざっまぁやなぁ……」
人の恋心で遊ぶようなことがあっても、俺に恋人が居るわけではない。意中の人に振られたきり、色恋はすっかり留守だ。羨ましい……妬ましい限りである。
俺は、端末をポケットの中にいれ、魔法石と銃を手に取った。
「何人防御力低めで出てくるやろ」



そんな意地の悪いことを考えていたからかもしれない。
五分後に転送された場所では、いつもの顔ぶれの天国と地獄が広がっていた。
「今回、アイテムがない人は少しもとの特徴残ってると思うんですけど」
平常となんら変わりないのは、俺と追求と人形使いだ。
恐らくシャワーでも浴びていたと思われるのは、焔術師、猟奇、アヤトリ。
髪を拭くこともままならずタオルを肩にかけ、薄着でやってきた焔術師は水も滴るいい男だと言える。
しかし猟奇とアヤトリは、こちらに嫌な邪推をさせる姿だった。明らかにサイズの合っていないシャツを着ている猟奇だとか、そのシャツの持ち主だろうアヤトリが半裸であるとか、二人が恋人であるだけに、久しぶりだからいたしておこうかという考えが透けて見えるようだ。二人とも髪が濡れたままであることから、風呂場に居たことが推測される。
ひどかったのは、邪推をするまでもないやつだ。
何が悪いのかといった体で、半裸で平気な顔をしているやつや、一応隠しておきましたといった体のやつのことである。
「この面子がそろってるのは、意味があるのか?」
この場に俺達以外はいないのをいいことに、暗殺者が何を恥じるでもなく半裸のまま追求に尋ねた。
半裸であること自体は男しか居ないこの場所で、何かに気を配る必要はない。しかし、半裸のままで転送されてきたことについて、言い訳があってもいいものだ。
「そうだね。僕らは、絶対参加してもらいたいとのことで……」
「ん?誰の要望だ。聞いてないぞ」
この場の緊張感のなさを助長するように、焔術師が髪を拭きながら口を開いた。
「三年生の権力者と、交流会実行委員会の方々の決定だよ」
それを聞いて、ズボンのチャックを上げつつ、早撃ちが顔を緩める。
「交流会って、あれー?寿さんとこー?」
文化祭のときはまだ隠そうとしていたというのに、このお気に入りのおもちゃを見つけたような浮かれ方はどうだ。さすが、事後を臭わせる格好を平気でしてくる人間は違う。
「そう。……堂々としてて腹がたつから速く身なりは正してほしいな」
「はーい」
返事はいいが、正す様子がない。俺も、追求の気持ちがよくわかった。
「……ところでぇ、暗殺者は独り者だしぃ、遊びもしてないよねぇ?なんで、半裸なのぉ?お風呂はいる前だったのぉ?それとも入ってて、髪洗うまえだったぁ?」
素朴な疑問だった。
人形使いが尋ねたいことは、他の人間も知りたかったことかもしれない。
俺も知りたかった。しかし、俺が尋ねると藪から蛇が出てしまう。そう予感した。
「いや、寝る時は全裸だからだ」
この場にいる全員が、暗殺者の顔を見る。
変装前のあのふてぶてしい面構えには確かに似合わなくない寝姿だ。
だが、知りたい情報でもない。
「あ、暗殺者、そん、そんな無防備な……!」
兄の全裸で寝る習慣を知らなかったらしい。 今にも駆け寄って問い詰めそうな焔術師を手で制し、暗殺者はちらりと俺を見た。
「何があっても返り討ちにする自信があるから構わないし、一部は歓迎する」
一体誰に狙われ、誰を歓迎するのだろう。
怖すぎてすぐさま顔を逸らしてしまった。
返り討ちというのも歓迎というのも、闇討ち以外の選択もありそうなものなのにそれ以外を感じられず、大変背中が寒い。
俺が藪を荒らさずとも、焔術師は燃えるような視線で刺してくるし、意味を知りたくない視線は蛇のように絡んでくるしで、勘弁してほしいものだ。
「相方、もってもてェ」
唐突に猟奇を殴っていいような気がしてくるのは、当然の成り行きだろう。
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