「やっぱり」
鼻で笑っている音が聞こえたが、聞こえなかったフリをして俺は足を止めた。
「俺のことは置いといて、この顔合わせには勝つ必要があると思うか」
俺を少し追い越した暗殺者が首をふった。
この二年代表チーム顔合わせ交流試合は、魔機との交流会の本戦ではない。だからといって会議室に集められた連中は、予選に参加というわけでもないだろう。
追求は絶対参加してもらいたいという要望があったと言っていた。要望はあくまで要望であるが、決定とも言っていたことからある程度は決まっていることがわかる。会議室に集められた交流会本戦参加者だと思ってもいい。
故にこの顔合わせで勝たなくてもいいのだ。
「皆、手を抜いてもらいたい」
「明日のためかァ?」
そう、これが予選でも俺は手を抜こうとしただろう。
何故ならば、あくまで今回の顔合わせは前哨戦だからだ。ここで自らの実力を悟られてしまってはならない。
交流会はどれくらいの期間あるものか、まだ解らない。だが少なくとももう一回はあるはずだ。
「レースも参加した上に文化祭にも見に来ていたから、手を抜く必要もなさそうだが」
暗殺者がこちらを振り返った。俺の提案を拒否している様子ではない。俺の思惑を知り、それを行動するに足るかどうかの判断材料を増やしたかったのだろう。
「そうかもしれない。だが、もう年明け前のことだ。推測はできても俺たちの正確な実力は把握できていないはずだ」
納得したように一つ頷くと、暗殺者は短剣を手に取った。どうやら俺の提案をのんでもらえるようだ。
「じゃ、手を抜くとしてだ。何か姑息な手とかあんのか、相棒」
いい加減、姑息や反則から離れて欲しいものだ。俺の思いをよそに、相棒だけでなく暗殺者やアヤトリにまで俺にそれを期待する心があるらしい。視線が俺に突き刺さる。
「姑息かどうかしらないが、一番近い敵は二人だ。四人も割くことはない。だから、猟奇とアヤトリは他を助けに行ってくれ」
「オヤァ?二人きりでナニする気だ?」
言われた俺ではなく、暗殺者が嫌な顔をするのだからおかしな話だ。
「ナニかあったほうがいいのか。相棒を交代することになるが、かまわないか」
これも猟奇ではなく、アヤトリがほんのり嬉しそうな顔をするので不思議である。俺と猟奇がコンビを解消したからといってアヤトリに何かいいことがあるわけではない。もし、アヤトリにとって俺と猟奇がコンビであるという事実がなくなること自体がすばらしいことであったら、友人としては少し切ないところだ。
「アー、相棒貸すのか。了解了解。そんなら駄犬に他の連中のところへ案内してもらうわ」
「そうしてもらってくれ」
猟奇は少し方向音痴のきらいがある。気配を追えば、迷わずたどり着けるのだが、それでも人がいるのならついていくほうが確実だ。やはり少し残念そうな顔をしたアヤトリに猟奇がローキックをいれて、先行するように促した。油断していたのか少しよろけたワンコが情けない顔をする。猟奇は渇をいれるようにもう一発アヤトリにローキックを入れて俺に振り返った。
「じゃ、俺は行く。他に何かあっか?」
「ない。ワンコと散歩でも楽しんでくれ」
「了解。暗殺者もうちの相棒ヨロシク」
暗殺者が再び嫌そうな顔をする。誰が誰を好きなのか、本当に疑問に思うところだ。
再び走り出した相方とそのワンコを見送り、俺は暗殺者に向けて口を開く。
「さて、暗殺者。手を抜けといったが、暗殺者は抜かなくていい」
「……というと」
「俺と暗殺者は魔機にいた。俺のデータなんかは、学園より魔機の方が詳しいくらいだろう。けど、それは企業秘密でもあるから、ある程度隠されている。だから、魔機の学園側に確実にあるのは俺があそこにいた一年に満たない間のものとレース、文化祭のものになる」
ここまで話して、暗殺者は俺がどうして暗殺者と残ったかを理解したらしい。
「推測しやすく把握しやすいか、特に俺は」
「そうなる。成長の速度がどうなっているかは、魔機の頃の暗殺者を知らないからなんともいえないが、あちらが一番欲しい時期のデータがあちらには揃っていると思う」
俺と暗殺者を残したのは、二人に対して人数を割き過ぎだと思ったのもあるのだが、暗殺者と話をしたかったということもある。他の二人に聞かれたところであの二人は何も思わないだろう。しかし、二人に聞かれたということで暗殺者が思うことは少々あるように思えた。
「単刀直入に言う。囮になってくれ」
俺はあちらにとって実力を測りやすい暗殺者が注視されるようにしたい。故に、暗殺者を切り捨てるような話を暗殺者にしなければならなかった。それが本当に切り捨てる話にならないように、他の目や意見を遠ざけたかったのだ。
「容赦ないな」
「駄目か?」
「いや」
暗殺者短剣を少し放り投げ、逆手に持ち直した。その姿に悲壮感はない。その代わり、アヤトリではないが、少し嬉しそうな顔をした。
「俺への信頼ととる」
「前向きだな」
「そうでもない」
暗殺者を程度が低いから囮にするというわけではない。知られていること、そして他を隠すための囮にして、十分な効果が得られると思っているから囮にするのだ。これを信頼ととるという暗殺者のほうが、俺を信頼しているのではないだろうか。
俺は銃を召喚するための石を手に取った。
「では、そうでもない暗殺者のためにここから全力で応援させてもらう」
「……もしかして、ここから反則の幼馴染との距離が、昔の最長で最良の攻撃距離か?」
「そうだ」
俺は魔機の連中を騙すために、昔に一番とした攻撃法ができる距離で足を止めたのだ。明日以降のことを考えてとった行動であって、これだから反則狙撃はという顔で見られるのは心外である。
俺が心外であると思ったところで、まわりは大抵そういう顔をしてくれるのだから、俺の周りからの信頼は絶大だ。
「これ以上近寄るつもりも遠くに行くつもりもない」
「援護か」
「そうなる」
ふと暗殺者が笑った。いやに楽しそうな笑みだ。
「それはそれで、面白い。俺のためだけに援護をしてもらうのははじめてだ」
「そうだったか?なら、猟奇に言ってやれるな。初めてを奪いましたと」
楽しそうに笑っていたくせに俺の軽口は、やはり鼻で笑うのは、嫌われていると思っていいのではないかと俺は考え始めた。