◇◆◇



自己紹介もそこそこに情報交換をすると、俺たちは会議室から風呂場に転送された。夕方まで時間も少ない。作戦は各人の携帯端末に送信するということになったのだ。
つまるところ、後はよろしくと俺に作戦を丸投げしてくれたのである。普段から反則してるんだから大丈夫だろうとはどういう理屈なのかわかりたくない。
「……ほんで、なんで、おひぃさんは俺と一緒に食堂に向こうとるんですかね」
「最愛の友人と飯を一緒に食いたいと思うことに何かおかしなことがあるか?」
しらっと何気ない風に言われても信じられない言葉が混ざる。
俺の部屋から出てしばらくたったころだ。俺よりも高い階にいるはずの一織が、こちらの寒気を誘うほどの爽やかさで声をかけてきた。真直ぐ普通の速さで食堂に向かったのならば、会うはずのない人物である。俺もしばらく何もなかったかのような顔をしていたのだが、聞かずにはいられなかった。
「いやいや、いくらなんでもここまで来るん速すぎとちゃいますか」
「ちょっとばかりショートカットを」
そんなお見合いで恥らうように趣味はお茶を少しばかり嗜んでますみたいな言い方をされても、速いものは速い。おかしいものもおかしいのだ。
「具体的には」
「……非常階段から飛び降りた」
非常階段を駆け下りることさえ面倒くさかったのだろう。さすがに恐ろしい速さで走る魔法自走に飛び移りケロリとしている男は違った。
「……もうちょい、文化的で安全な方法はないんか」
「ベランダさえない窓を軽い気持ちでノックされたかったか」
そろそろ一織は学生という身分から卒業し、本当に暗殺者か忍者にでもなったほうがいいのではないか。若干引き気味に横目で見てやると、一織が鼻で笑った。
「なんだ?生徒会室のベランダから出て行った奴が誰か言う必要とかあるか」
そう思えば似たようなことをしたことがあったなと、俺は開きかけた口を閉じる。ベランダから飛び、一階上のベランダに移るという芸当だ。しかし、一織のひくほどのショートカットには適わないだろう。
そんないつもの無駄口を叩いていると、寮の一番下にある食堂にはあっという間につく。
寮の食堂は学園の校舎に隣接している食堂とは違い、寮の一部である。寮と食堂を繋ぐ渡り廊下はないが、広々としたエントランスに繋がっていた。食堂からはそのエントランスを通らなければ生徒たちが使う寮の部屋があるフロアの階段にはたどりつけない。
「おやぁ、元生徒議会議長さんじゃないですかぁ?」
俺と一織がその階段を下り、エントランスに入ってすぐのことだ。
上から下まで成金といわんばかりの男に声をかけられた。
「おひぃさんはあれやな、もう光ある世界では生活でけへん職業とかにつけるんとちゃうか」
「残念だな、反則という職業がねぇのは」
そんな職業はあっても、小物臭がする成金同様にできるだけ遠ざかりたいものである。
「君たち失敬じゃないか!」
無視して歩み続ける俺たちの前に飛び出し手を広げたのは、やはり面倒そうな成金男だった。
俺たちは足を止め、互いに首をひねる。
「おひぃさん、知り合いはもうちょっと選んだほうがええんとちゃう?」
「キョースケ、俺に好かれるだけでは物足りないとはいえ、もう少し違うものを引き寄せたほうがいいんじゃねぇの」
「……開き直りすぎとちゃうか。ちゅうか、生徒議会議長ってなんやねん」
俺たちに礼儀がなっていないとか、これだから庶民はだとか野蛮が過ぎるだとか言っている成金はやはり無視をして、俺は一織に尋ねた。俺も魔機寵栄学園に居た人間だ。生徒議会議長というのが、この学園の生徒会長と同じものであることは理解している。
だが、一織がその生徒議会議長だったというのは初耳だ。
「そんなこともあった」
「いやいや、そういうことちゃうくてやな」
「俺がそうであったことより、寿が風紀委員長であったことに疑問を持つべきでは」
一織の言うとおりである。今も副会長などという面倒くさそうなことをしているし、正真正銘金持ちの子息である一織があちらの学園で議長をしていてもなんらおかしくはない。
あちらの学園の生徒議会は金持ちのステータスである面が強い。能力面をあまりみないため、名誉とは言い難いが生徒の頂点になった気分になれるという面ではとてもいい役職なのだ。もちろん能無しだけでは議会の意味がないため、たまに金持ちではない生徒がそこに名を連ねることもある。しかし、それは本当に珍しいことだ。
その金持ちの名ばかりステータスに、名実ともにそろっている一織がトップとして座っていたのなら、さぞ騒がれたことだろう。
むしろ、一織が言うとおり、こーくんが風紀委員長をしていたということのほうが、現在のこーくんを見ると不思議で仕方ない。
「いうても面倒見ええからなぁ……今はあんな感じやけども」
「そうだな、あんなでも面倒見はいい」
俺と一織が話のオチもついたと再び歩き出そうとすると耐えかねた成金がまた大きな声を出した。
「君たち本当失礼だね!」
その場で足踏みをし腕を大きく振る様子に、仕方なく足を止めたままもう一度首をひねる。
「俺、金持ちのご子息って会長とおひぃさんくらいしか友人おらんわ」
「十織と友人のつもりなのか?認めてねぇだろう?」
「あかん、傷ついた。ブレイクハートや」
心臓があるだろう場所を押さえてうめくと、一織はまた鼻で笑った。本当に心が折れそうである。
「しかし、元生徒議会議長ではあるが……こんなのいたか?」
お互い首をひねったまま、しまいには拳を握り両手を上下にふり一生懸命主張を始めた成金を見つめた。
「いーたー!いーまーしーたー!中等部にいーまーしーたー!」
「ああ、あの品がねぇ集団」
俺も中等部の時にあちらの学園にいたため、一織のいいたいことはよくわかる。金を払って学園の頂点に上り詰める遊びをしていた連中など、たしかに、とてもいいところの出である一織からしたら品がないだろう。
「おひぃさんのその言葉遣いでは言われとうないと思うわ」
「……あの品性に欠ける議会だな」
夏の太陽のような眩しさを業とらしい笑みで表現され言い直されても、身体の芯が凍えるような寒さしか感じられない。言葉遣いの話などしなければよかった。
後悔はどうしてこうも先に立つのを嫌がるのだろう。
next/ hl3-top