しかし、もててしまっているのは現状では仕方ない。いつかは襲われることのない穏やかな状態になりたいものだ。
 俺はもう一度辺りを見渡す。
 ここは廃墟だ。昔はおそらく雑居ビルだったのだろうことを思わせる様子を残しており、俺と猟奇が潜んでいる場所は一番上から一つ下の階にあたる。俺たちの潜んだそこはそのまま家具も残っていて、テナント募集時には家具つきだと紹介されるような部屋だったことが推測された。その部屋は誰かが住み込んだのか、遊び場としたのか、人が居た形跡がある。ソファなどは最後まで使っていたのだろう。置いてあるほかのものとは明らかに違った趣があった。学園のこりように脱帽だ。
 その廃墟のところどころから漏れていた陽は、すでにオレンジとは異なる。最初ここに来たときよりも陽が沈んでしまったのだ。
 魔法の光も灯していない部屋は薄暗く、段々大きなものの形が黒くみえるだけになってきた。
 暗がりの中、段々近寄ってくる気配に俺と猟奇はソファーの後ろに隠れ、息を殺す。
「暗視ゴーグルとか持ってくるんだった」
「いや、反則くんのことだしぃ、あれじゃんあれあれ、俺らが来るってわかってるってぇ。闇討ち無駄無駄ぁ」
「なるほど、ならば闇雲に動くより照らすが吉。……展開」
 暗がりの中で隠れているのも馬鹿らしい友人たちの声が聞こえてきた。あちらはまったく隠れようという気がないというのがよくわかる。
 俺たちは気配をわかるように隠していた。だからこちらも本当に隠れているというわけではない。
 ただ、隠れている風を装いたいのだ。
「はーんそーくくーん、あーっそびーまっしょ」
 ドアが蹴られ、何かが詰まった鈍い音が響く。
「いって!」
 あちらは格好良くドアを蹴り開けたかったのだろうが、俺は友人の性格を見抜いた上で、ドアの前にバリケードをつくっておいたのだ。友人は今頃ドアの前で悶絶してくれていることだろう。
 これで友人の一人である沙倉はこのドアに夢中になる。罵りながらドアに攻撃を始めるであろう。
 しかし、その反面もう一人の友人、三明は冷静になる。
 いいコンビだと思う。
 だが、あの二人の性格を知っている俺からすれば、まだまだつけいる隙がある。もちろん、俺が知っているのは俺が魔機の学園からこちらに来るまでのことで、癖や性格は変わっているだろう。まして攻撃する手段となると変わり果てている可能性だってある。それは暗殺者の話から補正できる分は俺の中で補正完了していた。そして、性格などというものは四、五年くらいでがらっとかわったりはしない。
 思ったとおりドアが激しく蹴られる音が煩い中、俺は、待った。
 ムキになってドアを蹴ること以外を失念している沙倉に、三明が一言、そう、たった一言教えるのを、待っていたのだ。
「沙倉、魔法で壊してしまったほうがはやい」
 言うが早いか三明は沙倉に変わってドアに攻撃魔法をかける。
 俺たちはそのタイミングを計って、とんだ。
「展か、い……?」
 三明は沙倉が暴走すると冷静になる。だが、三明自身気が長いほうではない。沙倉にドア破壊をまかせず、沙倉の返事も聞かず、自らドアを破壊にかかる。俺はそう推測していたのだ。
 三明は、素早く展開された転移の魔術に気がついたのだろう。自らが魔術を展開した後、こちらに振り向いた。
 だが、遅い。
 俺はふたりに銃口を向けて、ライカとフレド、そのふたつの引き金を同時にひいた。
 ドアに魔法をかけた三明はもちろんのこと、三明の短気から逃れるために慌ててドアから退いた沙倉も、みごとに離脱を決め込んだ。
「さすがに後ろから、現れるとは思ってないだろうなァ……いやァ、相方ったらこずるいこずるい」
「こずるいならまだマシだな。ほら、焔術師のほうの準備できたみたいだぞ」
 あの二人が居なくなってすっかり暗くなった部屋の中、どこからかまた光が漏れる。それは遠くで花火をあげているがために漏れる光だ。
「はいはい。焔術師、放火オナシャース」
 猟奇が床に棒を立て、ふたたび回線を双方向にすると、焔術師が返事の代わりといわんばかりに、どこかに向かって広域魔術を展開した。
 それは、ここをも明るく照らすような大きな爆発と炎だ。
「これ、離脱決定ィ?」
「そうだな、あちらの気配が全部消えた」
 そのあとすぐ、俺たちも自室の風呂場に転送されたのだった。
「……簡単すぎひんか」
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