俺は階段をただひたすら駆け上がりながら、気配を探す。
見つけて顔を合わせて、話を聞いたところでなにが出来るわけでもない。なにかしたいこともないのだ。
焦って追いかけて走る必要もないかもしれない。
少し様子がおかしかったからといって、なにかあったとは限らない。なにかあったとして、これから衝撃的になにかしたりもしないだろう。ひとりでなんでもできるわけではないが、それでも人一倍負けず嫌いな人間だ。ショックを受けるようなことがあっても、それすら負けたくないといいそうである。
もしもすら存在しないように思えるのだ。だから、こうして俺が走っているのは、おかしなことで無意味なことである。
「くっそ……っ、なんでエレベータついてないねんっちゅうか、高いとこ住みよってからに」
完璧な八つ当たりを吐き捨てながらも、俺は上へと進む。
気配は相変わらずまったくわからない。様子がおかしいくらいなら、少しくらい動揺して気配くらい察知させてくれてもいいのではないだろうか。それとも気配を殺してひとりで黄昏ていたりするのだろうか。なんにせよ、探しているこちらとしては、気配を殺すなと喚き散らしたいくらいだ。
俺は似ているようで違う、他の気配を捉え、次のフロアに辿りつくと、違う階段へ移動し、上り始める。このまま駆け上がればすれ違うはずだ。
一段飛ばし、階段を勢いよく上りながら考えた。
今から会うだろうそっくりさん……会長になんと聞けばいいのだろう。
似ている、血もつながっている。けれどまったく違う人間の行方について少し息を切らせて、なんと聞くつもりなのだろう。
なんでもいい。ちょうどよく交流会の話でもすればいいだろう。
けれど、俺は理由を探している。深く探られたら困るとさえ思う。
「会長……!」
どうやって聞けばいいのかもわからないまま、俺は下へと下りてきていた会長に声をかける。
相変わらず舌打ちをして嫌そうな顔をされるが、今はそれどころではない。
俺は勢いに任せて口を開く。
「おひぃさん、見かけへんかった……っ」
「ハァ? 見てねぇけど、お前、兄貴に何かやったのかよ」
俺は会長にある意味信頼されているらしい。何もしていないにも関わらず、疑いの眼差しが突き刺さる。やはりなんといっていいかわからず、俺はとにかく聞きたいことだけを聞いた。
「いや、その……あれやっ、とにかく、行きそうな場所とかっ」
怪訝な顔をされるばかりで、答えてくれそうにない。
俺は一気に息を吸って吐くと、ゆっくりめに息を吸う。再び小さく息を吐き、吸い込む際にそれを飲み込む。
「ごめん、おおきに。自分で探してみるわ」
そして再び駆け出す。
「ア? ハァ? よくわかんねぇけど、兄貴なら! たぶん屋上ッ」
俺が駆け出すと後ろから声がかかり、俺は礼の代わりに片手をあげてさらにスピードを上げた。
スピードを上げても仕方ない。わかっていながら、俺は、何かにせかされて走る。
この何かが何であるか、おそらく俺はわかっているのだろう。あえて何かについて明確にすることを避けている。
屋上に一番近い南の階段に移動し、二階分ほど上がると、屋上のドアが見えた。鍵は魔法で施錠されているはずだが、魔法はかかっておらず、簡単にドアノブが回る。俺はそれに苦笑をこぼす。これのおかげで、十織には兄の居場所がわかったのだろう。
俺はドアノブを持ったまま、息を整えた。
そして屋上のドアをあける。
そこには、こちらに背を向け遠くを眺めている一織がいた。