「……最愛の友人にでも会いに来たか?」
「おまえさん、それは図々しいっちゅうやつやぞ」
どうやって声をかけようと迷う時間もない。やはり様子がおかしくとも、一織は一織だった。
「魔機、誘われたんやって?」
こちらを振り返ることなく、ぼんやりと遠くを眺めたままの一織に近づく。
俺は通常通り尋ねているものの、ここまで急いでやってきたことは一織にばれているかもしれない。ここまで来るまで、足音のことなど気にしていなかった。習い性となっているため、それなりに静かではあっただろう。しかし、聞こえないというわけではない。
「断った話も聞いただろう?」
それで話は終わりだといいたいのだろう。
ようやくこちらをちらりと振り返った一織にわざと笑みかける。
「それなぁ、なんや誘われた理由とかも聞かずにお断りしたって」
「……愛しい人と一緒に居たくて」
一織の隣に、一織とは反対をむき柵にもたれて座りつつ、今度は鼻で笑ってやった。
「こんなに愛しているのに、ひでぇ奴」
「今回のことで俺を理由になんてしたりせぇへんやろ」
「……どうして言い切れる」
俺は空を見上げる。空は雲が多く、星も見えず、このあたりにある建物の光を反射し、空を薄暗く見せるばかりだ。俺はその空を見ながらも、別のもののことを思い出していた。
もし他人がいたら、一織と同じように遠くを見ているように見えたかもしれない。
「わかっとったんやろ? 一度、魔機出る前に聞かれとったんちゃう」
心持ち、いつもより小さい舌打ちが飛んでくる。俺のいったとおりらしい。
一織はいわば特異体質だ。それは魔術都市だけではなく、魔法機械都市でも珍しく、この学園でも珍しい体質……能力の持ち主なのである。研究という言葉とは相性が悪いに違いない。
その言葉は、魔術都市でも魔法機械都市でも、この学園でも日常的に耳にするような言葉だ。
しかも、魔法が関わるこの三つでは、一織は手放したくない研究対象なのではないだろうか。
「……俺と、子種が欲しいんだとよ」
どの研究機関の誰がいったかは知らないが、センスのない誘い文句をいったものである。
「色気ないやっちゃなぁ……」
「色気の問題か?」
俺はしばらく自らがいわれてきた言葉を思い返す。俺がいわれてきたことは誘いというよりも、ゴミの出し方だとか分別のような決まったことであって、色気を感じる隙すらない。
「誘われるっちゅうたら、まぁ、色気の問題ちゃうん? ほな、俺がおひぃさんの子種欲しいいうたらどないすんねん」
一織は素早くこちらに顔を固定し、俺をじっと見つめてきた。信じられないものを見る目だ。とにかく、視線が痛い。
「……目的は金か?」
「金かい。そらぁ色気ないわ。たとえばの話や、たとえばの」
一織が唸りだす。俺の発言があまりに想像できないことのようだ。俺を好きだというわりに、俺に本当にそういった意味で好かれるとは思わないらしい。
俺は少し、内心でほっとしてしまったことに気がついた。
わからないといったり、避けたりしても結局、気付いているのだ。
「子種は置いといてやな、それで今回断った理由は? ここ、出たら行くとこないんやろ?」
「……俺は誘ってくれねぇんだな」
大方、良平が誘われたときに俺の話でもしたのだろう。あの時食堂で会っているとはいえ、良平をナンパしていたところは見られていないはずだ。
「俺んこと待つくらいやったら、自分で行くやろ、おひぃさん」
「誘ってくれねぇからな。寿もなんだかんだ、ひきとめもしなかったか」
自他共に認める一織の親友であるこーくんは、ひきとめようなどと思わなかったに違いない。そうして友人の足を引っ張るようなことはしたくないからだ。