俺もこーくんも、魔法機械都市で生まれて育って、経過はどうであれ、そこで骨まで引き取られる予定なのである。あの都市のルールを思えば、最初から都市にいなかった人間や、目的が都市で終わらない、都市にない人間を側に置くのは残酷というものだ。
側にいただけで人質にされ、都市から自由に出ることも出来ないのだから。
「おひぃさんにやりたいことあるからやろ。ほんで、結局、断った理由は教えてくれんの?」
一織がため息をつく。俺が話を戻して、あくまで理由を聞く姿勢であるからだろう。
「珍しくしつこい」
「たまにはそういうエッセンスがあってもええやろ」
「よくねぇよ」
もう一度つかれたため息は、少し遠かった。また正面を向いて遠くを眺めているのだろう。
一織は俺が屋上に来たときもそうしていた。今がそうであるように何か考えていたのかもしれない。
少しの沈黙のあと、一織は三度目のため息をついた。
「俺のこと、嫌いだろ」
「なんでやねん」
「じゃあ好きか」
思ってもいないことをいう。俺もうそつきであるが、一織もかなりのうそつきだ。
「なんや、まいっとるんか。二回目なんやろ?」
横から軽い蹴りが入る。少しだけ痛いそれに、不満を顔にだして一織を見上げる。一織はやはり遠くを眺めていた。
「どいつもこいつも、実験動物扱いしやがって」
一織は、そうして求められることを利用しようとは思えないらしい。
一織にとって、それは悔しいことで厄介なことで屋上で考え事をしなければならないことなのだ。
「俺とおそろいやん」
「お前ほど強かにはなれねぇよ」
もう一度蹴られる。
それでも一織は、こうして話してくれるのだ。それほど悲観しているわけでもないだろう。少しだけ、整理する時間が必要な事柄と定めているのだろうか。
「もう大丈夫だと思ってたのに、意外ときたってだけだ。キョー……スケに、心配してもらうほどのことじゃねぇよ」
やはり一織には、俺が急いで屋上まできたことがばれていた。
俺もまた空を眺め、わざと財布を狙う小悪党のような声を出す。
「あーあー、うっかり俺の心配につけこんで、お付き合いするチャンスやったのに」
「バカいえ。そんなことしたら、思い出にされてさよならだ。誰がそんな軽いお付き合い求めてやるか」
それもばれていた。そう思えば、文化祭のあとにそのようなこともいっている。安易に想像できただろう。
「やったらどんながええの」
「一生涯謝り倒してもう勘弁してくださいってくらいまとわりつくくらいの重たさで」
「おお、こわ」
そんな関係を求められるなら、これ以上など俺自身が考えるべきではない。軽いお付き合いすら願い下げである。
「……俺がどうにかできるのはそれくらいだ。お前の何かになろうったって、お前が決めることなら、俺のできることは多くねぇよ」
「少なくもないやろ」
条件反射のように口から出てしまった言葉に、俺は見られてもいないというのに表情を変えないように努めた。出来ることを多い少ないで定義すると、確かに少ないかもしれない。けれど、少なさに比例せず、大きいとは本人は思いもしないのだ。
「さぁな。俺は、たぶん、欲しいだけだからな」
何が欲しいとはいわないあたりが、一織の諦めである。その欲しいものに対してできることが少ないと思っているのも一織の諦めだ。
それを俺は良かったと思う。
「そうか。ほなら、またの機会やな」
「ばーか」
先程よりも力強く蹴られ、いい加減、俺は身体の側面が痛い。片手で側面を撫で、俺は立ち上がる。
「さて、おひぃさんにまた蹴られてもたら痛いさかい、大人しく寝るとするわ、おやすみさんやで、おひぃさん」
ちらりとこちらを見て、ふと笑った一織も小さく返してくれた。
「おやすみ」
俺は背を向けて歩きながら、本当に一織に諦め癖や極度の疑い、コンプレックスがあってよかったと思う。
屋上から出て、ドアを閉めた途端、小さく小さく息をつく。
「ほっとしたらあかんやろ」
こういうときばかり、こーくんと兄弟だなと感心する。その上、良平にいわれたとおりだとも思った。
俺は優先順位が低いほうがいい。
一織は、俺にとって駄目なのだ。
離れなければならない。
「わかりとうなかったなぁ……」
階段をゆっくり歩きながら、俺は見つけることができない気配を探った。