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昼から始まった交流会二日目は、強制的にドアを開けたら転送されることもなく風呂場からいつも通り始まった。
風呂場から転送されてやってきたそこは、と違う場所だ。予選時のフィールドを魔法機械都市風だとすれば、二日目のここは学園風といったところだろうか。砂と岩ばかりの荒れたところと少しの緑があるフィールドだ。学園ではこれが一番多い。
荒れた土地に作られた学園なのだから当然だろう。あるものをそのまま利用したというわけだ。木々などは最初にあったものではないので研究の一環として植えたのだろう。
俺はあたりを見渡し細いため息をつく。
結局、学園がどういうつもりかを推測しても何ができるわけではない。ましてそれが本当かどうかもわからないのだ。確認しようにも時間がなかった。
それに魔機側も生徒の意思を無視し、無理矢理あちら側に連れて行くわけではない。どちらも悪いことはしていないのだ。けれど、値踏みされているこちら側の気分が悪い。
「あ?」
魔法石やライカとフレドを確認しながらついたため息は、隣で俺と同じように何事かを確認していた焔術師の気に障ったらしい。低い声がこちらへと這ってきた。
「いや、少し思うところがあってな」
「昨日のことか?」
朝の会議のとき、何か聞きたそうにしていたと思ったら、案の定である。おそらく最愛の兄と何があったのか知りたいのだろう。本人がブラコンを自称してはばからないくらいだ。悪い虫だと思われている俺が兄を追いかけたとあっては、気になって仕方ないに違いない。
その上、一織は朝から俺に目をあわさない挨拶をしない声をかけてもそそくさと逃げる。照れくさいのだろうことはわかるが、こちらとしては面白くないような面白いような、微妙な気分だ。
とにかく挙動不審の兄と悪い虫を見て、落ち着かないのだろう。
何かを確認する手を止め、こちらをちらりと見てきた焔術師に、俺は軽く手を振る。
「それではないな。今回の交流会のことだ」
「ああ……それか」
焔術師は、もう俺に興味をなくしたかのように確認作業に戻った。いくら焔術師への気持ちが変わったとはいえ、眺めては可愛がりたい程度には好きなのだ。そんなそっけない反応はやはり寂しい。
「まさか、追求とグルで騙しているとかないよな?」
「ねぇな。だいたい騙してるってのはなんだ。やっぱり交流会に学園らしい仕組みがあるのかよ」
焔術師は生徒会長だ。交流会の準備などをして、交流会の真の目的を知っていそうなものである。しかし、焔術師……十織はこの通り素直な性だ。人を騙すに向いていない。表向きの準備だけさせられたと思っていいだろう。そうなると、生徒会副会長に話がいきそうなものだが、副会長である一織は目的の一人だ。その上、あれだけ嫌がっているのだから、最初に知っていたら殴りこみにでも行っているはずである。そして副会長の暴走により交流会延期、もしくは中止になっているはずだ。
その事実がなく、こうして交流会は二年連中に疑いの目を向けられながら開催されている。
つまり、一織も知らない。
そうなると怪しいのはどうしても追求である。
「おそらく追求が噛んでいる」
「あー……学園の仕業か」
追求といえば学園の指示と思うあたり、焔術師も学園に毒されている。それとも、追求と仲良くなったと考えていいのだろうか。
俺が頷くと、焔術師は後頭部をかいた。
「まぁ、今更驚かねぇから。んで、お前、昨日何があった?」
学園のことをさらっと流してくれた焔術師に、俺は内心感謝する。
これから戦闘が始まるというのに、学園側が兄を必要ないもしくは手に入らないと判断されていると知ると、烈火のごとく怒ることがわかっているからだ。手に入らないのはまだしも、必要ないときたら一織のどこが悪いのかと俺に怒ってきそうなのである。怒られても、曖昧な推測しか述べられないので、こちらの気分もよくない。
しかし、昨日のことを聞かれてもどう答えるか迷ってしまう。
せっかく学園のことをさらっと流してくれたのに、一織のことは学園のことに繋がっている。
だが、一織が魔機に誘われたことを伏せるのは賢いやり方ではない。これから一緒に戦うというのに不信感が残ってしまう。
「落ち込んでいると思って……からかいに」
悩んだ挙句、慰めにといいかけ俺はそれを違うことばにかえた。慰めに行ったことをいえば、良平のようにしつこく尋ねられてしまうだろう。
「わかってたが、根性悪だな、お前」
するどい舌打ちが飛んでくる。俺はこの舌打ちとことばが、素直に俺のことばに反応してのことなのか、誤魔化したことに対してなのか判断しかねた。
少し首を傾げ、俺は続ける。
「何をいっているんだ? この程度で」
「ほんっと、なんでこいつなんだ、暗殺者は!」
わざとらしくはははと笑ってみせると、焔術師はまた舌打ちしてくれた。相方と違い、わかっているから騙されるという対応ではなく本気で誤魔化されてしまったらしい。そこが相方と違って可愛いものである。
「まぁまぁ。今日は置いといてくれるか。なれないリンクの魔法を使わなければならないことだしな?」
「ったく、なんで俺がこういうサポートしなきゃなんねぇんだよ」
「今回は猟奇も俺も動きたかったんでな。会議で説明しただろう?」
「されたし、了承もした。けどよ……」
いくら怒られてもあたり一面を火の海にかえることが使命だといわんばかりの焔術師は、攻撃型の魔術師である。魔術師であるため後衛であるが、サポートなどは不得意だ。焔術師が居るときは焔術師の火力を戦闘の中心に据えるため、むしろ前衛がサポートだといってもいい。いわゆる盾というやつだ。
「大丈夫。焔術師は出来るだろう。しないだけだ」
そういうと少し自信がなさそうにうつむく。本人の優秀さより、こういった細々とした魔法に対する苦手意識が勝っているようだ。
「俺は出来ないやつには頼まない。それとも、見込み違いか?」
それならば、負けん気の強い焔術師の性格を利用するまでである。
「んなわけねぇだろ! あとでひれ伏すくらい完璧にこなしてやらぁ!」
煽ってみると焔術師は顔を上げて怒った。
「なら、心配はいらないな」
安心したように大きく頷くと、焔術師がまた何かいいたそうに口を開いて閉じた。
戦闘開始までの残り時間をカウントする放送が聞こえたからだ。
俺もそれを聞いて、魔法石とフレドを持ち、戦闘開始の合図を待つ。
「転送、よろしく頼む」
「……っ任せろ」