俺が大きく頷くと同時に、戦闘開始の合図が響き渡った。それに少し遅れて、焔術師の魔法が発動する。どうやら、この魔法の準備をしていたらしい。
 俺はその魔法……転送魔法で、フィールドのど真ん中までとんだ。砂と岩しかない場所である。岩より砂のほうが多く、遮蔽物は当然少ない。
 俺は今回の目的をとりあえず忘れることにし、フィールド内を見渡すような気分で気配を探る。
 フィールドの真ん中に居るだけあって、気配はいつもより探りやすい。その中で珍しい気配を見つけ、口元が歪む。お茶目か点呼か、暗殺者の気配が俺から少し離れた場所にある岩のあたりで一瞬うっすら出て消えた。
「そういう遊びは嫌いじゃないが……見える範囲に居るんだから控えてくれよ」
 今回学園側で動いているのは、俺、猟奇、暗殺者、マスターだ。それぞれ囮と止めの役割を担っている。俺と猟奇は囮で、暗殺者とマスターが止め役だ。止め役の二人は相手の背後から忍び寄るのはお手の物である。
 先程まで話していた焔術師はフィールドの端のほうにいて、一人である。これも囮だ。焔術師の火力は脅威になると昨日も証明したので、狙ってくれると嬉しい。そのために焔術師を端のほうに一人で配置し、サポートに回ってもらったのである。サポートならば魔術式を展開中に狙われるという間を与えず、結界も展開できるはずだ。
 その焔術師を中心に半円になるように名前がない一年二人、名前がない二年と早撃ち、人形使いと静寂と聴音を配置している。これは近寄った敵に対処してもらうため待機してもらっている。
 今は動いていないが、敵が近づいたら動いてもらうことになっているのがアヤトリだ。待機中の連中に近寄る敵の数次第で、加勢してもらうことになっている。
 戦況は順次俺が動きながら見て焔術師に報告し、焔術師がそれを伝え係りだ。だから今回は俺と一時的にリンクの魔法で繋がってもらっている。良平と俺ほど相性はよくないが、問題なく戦況は伝えられそうなので任せた。
 俺は確かめるように良平とは違う感覚のリンクを繋げる。
『焔術師、きこえるか?』
『……問題なくっ』
 脳内に響くような声だというのに、驚いたように跳ねるそれに顔が緩みそうになる。
 リンクの魔法は、双剣ともやっていないらしい。初体験かといって、朝の会議でも毛虫を見るような目で見られた。
『よし。それで、こちらの配置は問題ない。あちら側は、全員動いてるみたいだな。大体は予想通りだ。止まるか、予想外の動きがあるか、双方の数が減るか、戦闘が始まったらまた報せる』
『お、おう』
 まだ慣れないのであろう。いつもと違う様子に、俺は癒されながらリンクを切る。これが良平や一織だったら余計なことの一つや二つ言い出し、癒されるところがない。それだけでも、サポートを任せてよかったと思える。
 俺は気配を探りながら動き出す。もう既に猟奇も近いほうの魔術師を探し出して動きだしてくれている。猟奇が居るあたりは気配のほうへ走ってくれれば目的地に辿りつけるような、岩さえない場所だ。猟奇が迷子になることもなく、マスターが猟奇を保護するようなこともないだろう。酷いというほどではないが、猟奇は方向音痴だ。本人曰く、死なないしそこそこたどり着けるから大丈夫だとのことである。
 そんな俺たちを撃破しようというのは、おそらく二組だ。
 昨日のことを踏まえ、早めに撃破する対象を決めたらしい。
 俺と猟奇に近寄らぬように動く剣士と魔術師、議長と副議長とあと一組が、待機組の方へ向かっている。
 一方俺たちに向かってきているのは、昨日議長と副議長をお守していたであろう人物と魔術師と狙撃手、三明と沙倉にあと二人だ。お守が離れているのは、おそらく議長と副議長がワガママを言ったか、あちらの作戦立案係が捨てたかのどちらかだろう。
「俺と猟奇を警戒してくれたのか……猟奇は魔術師に向かって走ってるみたいだし、数が多い方に走るとするか」
 俺が走り出すと、やはり存在を示すようにわかりにくい気配が俺の俺の後ろで一度現れて消えた。
 合図を出してくれているのなら俺くらいしかわかりそうもないので、いいと思う。しかし、まだ昨日のことに動揺しているというのなら、ちょっと考えなければならない。
 本当に、昨日のことは俺にとって予想外の出来事だったと今更ながらに痛感する。
 こんなことを考えていることや、いつまでたっても昨日の一織との出来事を考えねばならないことのだ。
 今朝の一織を笑っている場合ではない。
「切り替え」
 俺は小さく一言呟いて、走るスピードを上げた。
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