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しばらく走ると、俺より先に猟奇が敵と接触する。
俺は予告通り焔術師にリンクをつなげた。
『猟奇とマスターが敵と接触。魔術師他二名と交戦中。こちらもまもなく戦闘に入る。特殊系二人と他二名、計四名と交戦予定。そちらには魔術師一名、剣士一名、他二名がそちらに向かっている。予測ではあと七分ほどで壁と接触。作戦に変更はなし』
『わかった。伝える』
まだ慣れていないのか、俺とリンクしているからなのか。答えが短い。俺と話をしているからだとは思いたくないものだ。
焔術師の答えを聞くとすぐに俺は片手に持っていた魔法石を地面に落とす。
「展開」
それは良平にいれてもらった魔術式だ。俺はそれを平らに大きく円を描くように展開する。そして、絨毯の下にでも敷く滑り止めのように、砂を被せるように、足元に敷きこんだ。
一織にはある程度距離をあけてもらっている。それに届かないように結界を張ったため、魔法が一織の体質で壊されることもない。
距離を開けてもらっているとはいえ、一織はすぐにこちらに来られる距離に居る。俺が仕掛ければ、飛びかかってくれるだろう。
もちろん、一人でふらふらしているように見える俺はあからさまに怪しい。敵も警戒するはずだ。全員が一斉に攻撃してくれるとは思えない。
俺はできるだけ敵を引きつけたい。そのためには、敵を挑発する必要がある。
だから動く囮は俺と猟奇なのだ。敵を挑発し、近接戦闘をこなし、防御もある程度できる。早撃ちもこれができそうだったが、魔法石を咄嗟にうまく使う自信がないと断られた。
こうして俺は、罠を仕掛けて堂々とその場に立つ。
「これで罠だと思わなければ相当馬鹿だな」
俺とぶつかるだろう三明は馬鹿の類ではないが、わかっていて楽しむところがある。窮地に陥ることを楽しむタイプだ。沙倉は魔法使いなだけあって、行動より先に考えるタイプである。しかし冷静なのは最初だけで、振り切れてしまうと手が出るせっかちでもあった。
その他二名は昨日風紀コンビと戦っていた奴らで、風紀二人曰く、魔法石を使う斧槍使いと刺突剣使いだそうだ。
学園では魔法石を多用する人間は俺くらいしかいないが、魔機ではわりと一般的である。どれほど石を使うか、どのように使うかは人によって違うが、珍しいものではない。
それでもデータのない連中の話なのだ。しっかり奴らの話を聞いた。佐々良は反則狙撃と比べると反則さが足りないとへらへら笑い、青磁はあの程度の結界ならひと薙ぎで壊せる。工夫が足りない。やはり良平さんは素晴らしいと感動していた。
対峙した風紀の二人は実力が一般的とはいい難いし、普通ならこれくらいかなという基準値が高い。それを考慮すると、名無しの一年たちと同等もしくは、それより少し落ちるくらいの実力ではないかと推測できた。
「まぁ……あの二人があの調子なら、暗殺者に気づく前に離脱だな」
馬鹿かどうかはわからないが、魔機はすでに生徒議会議長と副議長というお荷物を抱えている。思考力を捨ててもほしい攻撃力や特殊能力でもない限り、そういった馬鹿はチームに入れていないだろう。
俺は魔法石をもう一つポーチから出し、これ見よがしに右手で弄ぶ。
俺がぶつぶつ言っている間に、彼らは俺に近寄ってきていた。
「はーんそーくくーん、あーっそびましょっ」
そういってまず最初に攻撃を仕掛けてきたのは魔法機工士の三明だ。フレドでは攻撃が届かないあたりから炎の玉をぶっ放してくるところがさすがである。
「展開」
しかし、俺も相手を知っているのだ。
たった一言で結界がもう一つ出来上がる。
こちらは通常の結界で、半球状のものだ。
「もう。すぐそうやって防ぐ。ほら、お二人さぁん。あれが魔法石をここぞと使い腹立たしい罠を張る、反則野郎だよぉ?」
魔法石を使うという報告のあった二人が、三明の声にハッとして俺を見つめる。どうやら俺は、魔法機械都市でも反則野郎扱いであるようだ。勘弁してもらいたい。
そう思ってはいても今回の俺の役目は囮で、この四人を煽る必要がある。
本音を隠し、俺は結界を解いてもう一つ石を取り出し首をわざとかしげた。
「まさかこの程度も使えないと?」
その魔法石には珍しく攻撃魔法が入っており、力を込めて握りイメージすると、鎌鼬が魔法石を使う二人を襲う。言葉ではなく、魔術の展開をイメージしながら俺自身の力をいれることで展開する石である。
正直、この程度は石を使い始めて最初にやることだ。馬鹿にしきった態度である。
しかし、この程度の挑発で接近してくれるわけがない。こちらを見ていた魔法石を使う二人は、攻撃を防ぐために結界を張りながら俺の挑発に少し不愉快そうな顔をしただけだ。
俺はフレドをわざと片付け、さらに魔法石を取り出す。
「なら、得物を使うまでもなく片がついてしまうな」
使うまでもないのではなく、使わないことが作戦の一助だ。
俺はうっすらと笑みを浮かべる。反則狙撃の変装姿でも実に腹立たしい笑い方ができたと思う。
「おいおい反則くんってば、何? 何の罠ぁー?」
真にやりにくいのは、俺のやらかしたことを知っている幼馴染である。沙倉がうっかり短気を起こす前に、三明が早めに冷や水をかけるつもりらしい。元からよく動く口が、攻撃の手を止めてまで動いている。
「罠? 正直に言おうか? やる気がない」
さすがに俺をよく知らない二人は渋い顔をして一歩踏み出し、それぞれ武器を構えなおした。しかし、沙倉がそこで止めに入る。まだ足りない。
「今回の交流会にきた連中は、何をしにきたんだ?」
これは本当に俺が知りたいことで、挑発というより揺さぶりだ。うまく動揺を誘い、精神が不安定なところで煽る。そうすれば俺は聞きたいことを聞けるかもしれないし、作戦も遂行できるかもしれないわけだ。
おそらく何も知らされていないのだろう二人が、俺の問いを『相手にならない』と捉えてくれたらしい。次第に表情が険しくなってきた。
「あちらがほしい人材でも探しに来たか?」
今度は二人を止めるために前へと出ていた幼馴染二人が、そろりと視線を外す。嘘がつけないというか、今回のことがそれほど大事だと思っていないのかもしれない。隠すつもりがほんの少ししかないのが見てとれる。
動揺を誘う材料としては、少し役不足かもしれない。
「それともこちらと交換か? 使い勝手の悪い人材と有り余る人材を」
有り余っていると思っているのだろう。止められていた二人が幼馴染二人を振り切ってこちらに飛び出した。