「……三人もありがとう」
声をかけると投げたナイフを回収し始めていた暗殺者がこちらを向く。
「使い勝手が悪いらしいが、頑張ってみた」
暗殺者の温度のない目は俺を追い詰めた。敵をうまく離脱させたというのに、なんとも冷たい態度だ。俺の挑発は相当利いたようである。
「いや、暗殺者がそうだとは……」
「頑張ってみた」
他の可能性について話をして暗殺者の視線から逃げたかったのだが、それも無理なようだ。ならば、俺の取る行動は一つである。
「申し訳ない」
「……昨日の今日で、まったく反則は最悪だな」
反則の上に最悪とまできたら、とんだクズ野郎ではないかと思いつつ、俺はもう一度謝った。
「本当に悪かった」
いつも通りのやり取りだ。暗殺者がほんの少し安心したように息をつく。それこそ昨日の今日だから、今朝の続きのようにぎこちない反応にならないか心配していたのかもしれない。けれどすぐに、暗殺者の整った顔が皮肉にゆがんだ。
これもいつも通りだ。
「悪かったと思ってないだろう」
「……それで円滑に物事がすすむなら頭も下げておこうかとは思っている」
「もう少しつくろえばいいものを……本当に最悪だな。それで、この後はどこに合流だ?」
その言葉に、俺はまた気配を探る。戦闘行為に入ると、俺が気配を探れる範囲は狭くなるので、こうして再度探らなければならない。
「猟奇のほうは……一人逃してる。魔術師が変なところに……」
「転移でもしたんじゃないか」
「そうかもな」
猟奇とマスターが対峙したのは魔術師を合わせた三名だ。二人のことであるから、そうそう逃したりはしないと思っていたため、計算違いである。
「だが、あの二人は俺たちの方に向かってる」
「……猟奇には俺たちではなく、焔術師の方に向かうように言ってなかったか?」
暗殺者の言うとおりだ。猟奇とマスターの二人には、そう頼んであった。それなのに、どうしてこちらに向かっているのか。
俺は気配を数え、位置を確認し、次第に眉間に皺が寄っていくのを感じた。
「俺たちが離脱させた奴らと猟奇たちが離脱させただろうメンツ以外が残っているな。しかも、途中で止まっている」
「途中で?」
怪訝な顔をする暗殺者に頷き、俺は相方にリンクをつないだ。
『猟奇』
『今繋がるのかよっ……一人逃した! 転移させられた!』
リンクの魔法は、相性さえ悪くなければいくらでも繋ぐことができる。ただし同時に使用する数は、力のあるなしに左右されるため人によってまちまちだ。俺の場合、二人同時に繋ぐことはできない。
『……それは焔術師と話していたときにはすでに転移されとったと?』
『そうなる。連絡は取ろうと思ってたんだが、焔術師からの連絡で交戦するっていうから』
『その割には、動きがおかしいんとちゃうか?』
俺が戦っている間、ある場所から誰も動いていないことになる。何故誰も動いていないのか。嫌な予感しかしない。
『おかしいから、合流が早くできそうなお前の所に走ってんだよ』
俺は眉間に皺を寄せたまま、口を開く。
「暗殺者、焔術師がいる方を見てもらえるか?」
それだけで暗殺者は俺がしてもらいたいことが解ったのだろう。焔術師がいる方向……焔術師の前にいる盾を確認するように暗殺者は遠くを見た。
俺のように遠くに視点を置くことができない暗殺者は、それでも、目を細め、何かを見る。
「早撃ちのいる方角か? まぶしい」
頭に何かが昇っていくようであり、血の気は下へと落ちていくような感覚が走った。
暗殺者は、魔法が見える。体質の関係で魔法は使えないので、肉眼で見える範囲ではあるが、見えるのだ。
その暗殺者がまぶしいというのは、なんの光であるのか。また、肉眼で文字や式が見えないくらいの遠い場所がまぶしく見えるほどの光の強さとはなんなのか。
『猟奇』
『だから、向かってるって言ってるだろが! お前らも走れ!』
俺は歯を食いしばったあと、一度大きく息を吐く。
「頼みがある」
俺に振り向いた暗殺者が、やはり俺の考えていることが分かったかのように舌打ちをする。
それを聞いた瞬間、俺は、迷わなかった。