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「ほんま、悪い! すみません! ごめんなさい!」
「ダメダメ、叶ちゃん誠意が足りないよォ?」
「まったくだ……ところで、あそこに新しく肉が運ばれてきたが」
三明と沙倉の幼馴染二人組に約束通り謝りにやってきた俺は、二人に誠意を見せるため、喜んで肉料理を取りにいっていた。この程度で誠意が見せられるというのなら、なんとも安い幼馴染たちである。
立食パーティーの会場は屋外で、校舎にほど近いフィールドだ。そこには料理や飲み物がずらりと並んだ机や、取り皿を一時的に置く机がぽつりぽつりと置かれている。
立食パーティーの参加は自由で、交流会で魔機側と戦っていなかった生徒たちも大勢参加していた。多くの生徒は騒ぎたいがために参加しているようだ。魔機の生徒に声をかける生徒は少ないが、会場には楽しそうな声があふれている。
そのパーティー会場の端で、交流会など我関せずといった様子で研究棟にこもっていた教師や生徒が駆り出され、文化祭と同様に人や物を転送していた。
その転送を手伝っていたのだろう。追求が俺を見つけてこちらに近寄ってきた。
俺は知らんふりして、ぼんやりと肉を皿にのせる。
「お疲れさま」
「……えーあー……」
「もしかして、僕の名前、覚えてない?」
良平は追求と魔法のことで親しくしているようだが、俺は反則狙撃であるとき以外追求と会うことはそうない。追求本人が俺と親しくしようという気配がないため、特に突っ込んでいなかったし、本名の必要性も感じていなかった。なのでとっさに名前が出てこなかったのだ。
「連理」
「そう、連理だよ。覚えてたね。よかった。すぐ出てくるようにしてもらいたいなぁ。今度から君と会うのも増やそうと思っているから」
どうやら、今後俺とも親しくする方向らしい。
追求……連理の対応の変化に俺は、ローストされた肉を皿にのせながら、尋ねた。
「学園になんか言われたん?」
「卒業してからも残ってくれないかって。まぁ、今のところずっとじゃないみたいだから、伝手を作っておこうかなって」
学園に何か言われたことを隠すつもりはないらしい。
連理のことだ。俺がまた連理が学園の思惑で動いていると疑っていることもわかっていて、そうしているのだろう。
「はいはい、学園に必要とされとるんやな。で、必要ないのんは交流会で放流っちゅうわけか」
「全部じゃないよ? ほとんどはほしいとは思うけど手に入らないものと、どうしていいかわからないから持っていても仕方ないものだよ」
やはり俺の推測は正しかったらしい。
この交流会は、生徒の引き抜き会だったのだ。魔機側は大方、幼馴染二人を引き抜き係として参加させたのだろう。あの二人は魔機に目的があるため、離れていかないと踏んだのだ。
あと魔機側の有名人は剣士くらいだが、こちらは手放しても問題ない。魔機には剣士が潤沢に存在するからだ。あれほどの熟練者を手放すのは少し惜しいが、それに代わる人間がいないわけではない。だから交流会に混ぜたのだろう。
「まったく気分がよろしゅうない話やで」
「気がつかなければ、いい機会程度だよ。この学園だもの」
「魔機だってとんとんや。こっちより学校は優しいけど、都市が優しいない」
話している間に肉をきれいに取り皿に盛る。肉はこれで十分だろう。俺は迷わず備え付けの野菜もそこに添えた。沙倉は肉食でこうして皿に入れない限り、野菜をとろうとしない。たくさん野菜を入れると不機嫌そうにされるが、添える程度ならノルマだといって笑うだけだ。
その取り皿の様子を見てか、魔機が優しくないことについてか、連理が笑う。
「そうは言うけど、帰るんだろう?」
「あちらに誘われもせんかったんやけども」
「君はここのものじゃないもの。誘う必要ないでしょう? たまたまこっちにいるだけで、もともとあちらのものじゃない。それに、君、帰らないなら謝ったりしないでしょ」
ひどい言われようだ。
帰らないとしても、友人との間にしこりが残るのは避けたいものではないだろうか。俺はどういう人間だと思われているのだろう。
しかし、連理はなお笑った。
「その皿も気を使っている感じがあって、なんというか……副会長がかわいそう」
連理は皿のことを笑っていたらしい。確かに友人のことを考えながら料理をのせた皿は、気が使われていた。皿には野菜のだけではなく、牛に鳥に豚……部位も様々で大量に隙間なくおいしそうに盛ってある。そう指示された肉以外も、その皿には多量に盛ってあるのだ。
「かわいそう、ねぇ……」
「かわいそうだよ。ずっと秘密にしてきたんでしょ? 魔法が消えること。一部は知ってるけど、今日のことトピックスになるよ? 全生徒が知ったようなもんだよ?」
二回目の本戦も学園側が勝利した。俺が、一織に魔法を消すように頼んだからだ。
あの時、一織がまぶしいといった光は広域魔法によるものだった。変なところに集合していたのはその広域魔術を使うためだ。
一般的に広域魔法は焔術師のように一人で使うものではなく、複数の人間で使うものである。一人より複数人の方が負担が少ないうえに、早く使えるからだ。
人員を分散させたのは、こちらにそれを悟らせないためと
作戦を作っている俺の気をそらすためだったらしい。俺はまんまとその罠にはまったわけだ。
そして、俺はそれに気づいた瞬間に、一織に声をかけていた。『頼みがある』と。
一織も頭の回転が速い。それに対し舌打ちで返した。仕方ないという体だ。
俺は良平にリンクで指示をとばし、そのあと焔術師に一織と転移する方法を良平に伝えてもらった。その間に一織には走ってもらい、良平と合流してもらう。合流した二人は転移し、魔法を消す。広域魔法を消すような機会はなかっただろう一織のことを考え、万が一のために魔法使い連中には結界を張ってもらい、結界が届かない範囲の連中には魔機の連中のところへ向かわせた。
その結果、広域魔法は一織に消され、魔機の連中は混乱を極めたそうだ。一織は堂々と広域魔法だけではなく、小さな魔法も消しまわり、猟奇もこれでもかと暴れまわったらしい。
結界に入れなかった連中がたどり着いた時には、魔機の連中は散り散りになっており、蜘蛛の子を散らすってああいうことを言うんだなと呟いたという。
「『貸し一つ』やと」
そんな戦闘が終わったあと、俺が一織に言われたことだ。責任を取るのとどっちがいいかとも聞かれたが、貸しにしてもらった。
「ん? ちょっと思ったよりかわいそうになかったなぁ。それはまた大きな貸しだね」
「ほんま」
俺は話は終わりだと頷き回れ右をして、幼馴染二人がいる方に向く。そろそろ肉皿をもっていかないと、また誠意が足りないと怒られてしまう。
「ふふ。ご友人によろしく」
誰がよろしくなどしてやるものか。そう思いながら、俺は人込みに紛れた。
こうやって改めて思い出すと、とんでもないことをやらかしてしまった気がしてならない。
「なんや、ジョーカーきった気分やわ」
困ったなと苦笑し、俺は今朝、携帯端末でこーくんに確認したことを思い出す。
それは学園に残るための試験の日取りだ。
俺は手っ取り早く一織から離れようと思ったのである。その日に学園に残らないと伝えれば、試験をすることもなく魔機に戻ることになるのだ。しかし、良平が魔機に行って半年後には戻るという。
「良平が戻ってくるっちゅうことは、俺はここにおらなならんちゅうことやろなぁ……」
溜息しかでない。