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「ほんでまぁ、一人お供を選んでおいたっていわれたら、相方やと思いますやん」
 学園は悩む暇をくれないわりに、人の悩みの種を増やすのが好きだ。
「そうだな」
 ソファから足を投げ出し、一応といった様子で同意する男に、俺は続ける。
「そうやなくても数、潰したかったら魔術師……焔術師とかやとおもいますやん」
「それで?」
 なんだ俺に喧嘩でも売ってるのか高く買うぞ。いやむしろ売るだから買え。そんなことばがどこからともなく聞こえてきそうな不機嫌さがうかがえる声が、先を促す。
「……なんで、おひぃさんここにおりますの?」
「交流会のせいだろ」
 そう、『卒業試験のお供はお前の部屋に行くようにしておくから』と教師にいわれ、部屋に帰ってみればそこには暇そうにソファに横になっている一織がいた。
 俺の部屋で待たせるという時点で、俺の変装後の姿を知っている知り合いだろうとは思ったが、よりにもよって一織だ。どういった間隔で線を引いていこうか考えなければならない人間だというのに、お近づきのチャンスが到来してしまった。
「……ひいては俺のせいっちゅうことかいな」
「そうだな、広域魔法を消すだとか常識はずれなことされたら、ここの連中は面白がって様子見もするだろうよ」
 先に俺が文句を言ってしまったが、文句を言いたいのは一織のほうだったろう。俺が魔法を消す様にお願いしたばかりに、さらに有名人になってしまったのだ。
「それはまた……実験動物いやなんちゃうん?」
「なんだ? おそろいじゃなかったのか?」
 ちょっと前のことだというのに、この返しである。もう少し引きずってくれてもいいのではないだろうか。それとも引きずっているけど表に見せていないのか。わりと我慢強い人なので、それもあるかもしれない。
 しかし、それにしてもこの返しだ。良平よりはマシだが憎らしい。
「お前に照れくさいとか遠慮とかしてもしかたねぇってまた実感したし、実験動物は……嫌だが、なるわけじゃねぇし、見られるのは実験と違うし、慣れてるし」
 そういって勝手知ったる他人の部屋と言わんばかりに、一織はソファでごろごろする。縦になる気配もない。
 俺はその姿に疑問を覚え、それをそのまま口にした。
「ほな、なんでいつも通りにせぇへんの?」
 確かに一織にとって俺の部屋は勝手知ったるものかもしれない。しかし、今まで一度もこのような姿をさらしたことがなかった。
 俺の記憶では一織は身体を休めるにもソファに背を預け座っているだけである。
 だいたい寝ころんで人を待つというようなことをしないのが一織だ。
「たまには甘えたい」
「……それで借り返したになるんやったら、存分に甘やかすけども」
「……けちくせぇ」
 一織のいう通り、けち臭い話である。
 友人に厳しく接する理由もなければ、ソファでだらけているのをいちいちちくちくいう関心の持ち方もしていない。できたら、面白半分、一織の反応を見るためにちょっかいをだしたいくらいである。
「借りとか早めに返したいと思うやろ」
「甘やかす程度で俺の体質のことがチャラになると思うなよ」
 確かにその程度で返せる借りではないだろう。
 俺は仕方なくそのソファの近くにある椅子に座る。俺がくつろぐために置いてあるそのソファは、大概部屋に来る客に奪われてしまうため、常時、丸椅子を置いてあるのだ。
「ほな、何でチャラになるん?」
「……まだ、考えてない」
 ふてくされたようにソファで身体を動かしうつぶせになった男のなんとだらしないことか。良平ならあり得るが、一織がこの調子なのは本当におかしなことだ。
「早よしてな。忘れてまうから」
 それでも、それ以上つっこまず話を続けた。
 珍しいこと、おかしなことにはそれなりに理由があるはずだ。しかし、それを問うことでこちらは一織の『理由』に踏み込んでしまう可能性がある。そうなると、それは二人の距離をさらに縮め……などという巷にあふれる娯楽小説のようになってしまいかねない。
「高利でかしたつもりだが」
「マジか。ほなほんまに早よ返してしまわな」
 やはり縦になる気配さえない一織が、気になる。
 きっと本人が大したことだとは思っていないことだ。構わない方がいいとは思う。
 本当にまずいことが起こっているなら、甘えにきたなどと言わず憤慨しているか一人になるかしているだろうからだ。一織は人に頼ることをしないタイプなのだから。
「……で、いつまでソファ占拠するん?」
「つめてぇ」
 一織はそういうが、線引きし損ねて微妙なことを尋ねてしまったことが少々悔やまれる。放置しておけばいいものを完全に放置できないのだ。
「冷たくて結構。おひぃさん俺より大きいんやさかい、正直、邪魔やで」
「何いってんだ、良平もお前よりでかいだろうが。しかも、もっとでかいやつもおまけについてくるだろうが」
「あれはいうても無駄やから……。ぶっちゃけいつも言うてるけど、居座りよるんや。おひぃさんは話は聞くやろ」
 出してくる例が悪いというものである。
 一織は横に顔を向け、ちらりと俺のいる方を見た。ちらりと見えた顔が、少し笑う。
「ただ疲れているだけだ。お前のせいで疲れているんだ。だから、少しだけ甘えさせろ」
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