一織は俺が魔法を消せとお願いしたがために学園中から興味を持たれてしまったのだ。
 けれど、気になって仕方ないという生徒が多くても、暗殺者が副会長だという確信がもてないせいで強くでられないらしい。
 一織が暗殺者だということは、俺と友人づきあいするようになってからすぐにばらしたようなものであった。だが、一織がその口でその正体をいったわけではない。しかも、暗殺者自体が怖い存在で、副会長というのも近寄りがたさがある。
 変装前ではよくできた人過ぎて近寄りがたく、変装後も怖くて近寄りがたい。
 こうなると友人知人くらいでないと確認ができないだろう。
 それも一織の友人といえる人間が少ないおかげで、騒ぎになるのを回避できている。その友人といえる人間も皆この秘密を知っているため、今更詰め寄ることもなかった。
 一番詰め寄りそうな追求は、興味はあっても追いかけまわすほどではないらしい。会ったついでに聞くことはあっても、わざわざ訪ねていかなかった。
 そんな中、教師陣だけは違ったのである。
 教師陣は一部は一織の体質を知っていたらしいが、ごくごく一部だったらしい。今回のことで教師陣……とくに魔法を使う教師に知られたことにより、一織は引っ張りだこであるようだ。
 教師は生徒のすべての情報を知っているわけではない。しかし変装後と変装前の姿くらいすぐにわかるようになっている。だから、興味のおもむくままに一織を呼び止められるわけだ。
 そう、どう考えても俺のせいである。
 俺が魔法を消せなんてお願いしなければ、一織はソファの上でだらけるなんてことはなかったわけだ。
「それはご愁傷様」
 俺のことばを聞き、一織は眉間に思い切り皺を寄せた。なんとも正直である。
 そういうところが、可愛げがあっていいと思うのは自覚症状のなせる業なのだろうか。
 気が付けば、一織の頭を撫でていた。
 自制心というやつが普段から働いてくれるのなら、しまったと思うことは少なくなるに違いない。
「……明日は槍か」
 気持ちはわかる。しかし身体を固め、胡乱な顔で俺を見つめるのはやめてもらいたい。
「……槍走あたりがなんやするんか」
 俺も珍しいことをしてしまったが、天気にかかわるほどではないはずだ。もちろん、人災もおきたりはしない。
 頭を撫でてしまったからには途中でやめるのももったいないものだ。存分に撫でてやろうじゃないかと、俺は一織の髪を乱す。腹が立つほどサラサラだ。いい男はこんなところまで人を羨ましがらせる。俺の染めてケアが大変な髪と大違いだ。
「それは、青磁が追いかけまわされるだけだな。災難だ」
 珍しいことをし過ぎたらしい。一織はしばらくすると耐えかねたようで、顔をソファの背へと向けた。身体の向きまで変えての照れ隠しである。
「アヤトリと神槍が同一人物っちゅうだけで、青磁やっちゅうのはバレとらんよ」
「なるほど」
 そのことばを境に、しばらく一織は黙って撫でられ続けた。
 俺は心行くまで頭を撫でると、一織の髪の毛を整える。
「体質のことは、これでも悪いなぁと思うとるんやで」
  「これでもってあたりが、キョーらしい」
 背中を見る限り照れ隠しだけのように思えたが、どうやら動揺もしているらしい。最近俺の名前をちゃんと呼ぼうと躍起になっていたというのに、言いやすいあだ名に戻っている。
 まるで幸運を受け入れられない様子はかわいそうでありながら、可愛いものだ。
 線を引くならもっと早く手を打たなければならなかったのに、馬鹿なことをしてしまった。俺は舌打ちをなんとかとめる。
「それで、教師にはお前の手伝いをしろって言われてきたんだが」
 この自分に都合のいいことが起こっているというのに、自分に都合がいいことが起こるわけがないと思っているあたりが一織だ。俺のこの行為は好意からではなく、気まぐれ、もしくは面白がっているとしか思っていない。俺の普段の行動からしてもそうであるし、一織自体幸運とは自分の持ち物ではないと思っているのだ。
 こういったところは本当に俺に都合がいい。
 そのくせ、こうして甘えてしまったことも俺に撫でられたことも含めて翌日には照れて距離を取ってしまう。いくら俺に照れたり遠慮したりするのはバカバカしいと思っていてもだ。
「この学園の卒業試験って、知っとる?」
「高等部の入学式で、一応説明はうけたな。確か、教師陣が三年生と何かをするとか」
「そや。その何かを俺とおひぃさんがお手伝いするらしいで」
 俺は、携帯端末をとりだし、教師に転送された過去五年ほどの資料と映像データをこの部屋の据え置き型の端末に転送した。
「今回は戦闘込みのかくれんぼ鬼ごっこ……みたいなやつっちゅうてた」
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