「それはまた……面倒そうな」
 この学園に在籍している間、鬼ごっこという名の乱戦に参加させられることが何度かある。
 三年生のこれはさしずめ、学園最後の鬼ごっこだ。
 鬼ごっこだというのに鬼以外も警戒をしなければならず、鬼側の勝利もない。普通の鬼ごっこと違い、鬼とそうでない者が変わることもないし、鬼側も追い立てることができる。だいたい勝利は最後に残った者たちに与えられ、この鬼ごっこの場合、離脱させられた三年生は卒業のチャンスを失うらしい。
 そんな残酷な鬼ごっこで生徒の心を毎年くじいているというのだから、鬼ごっこに参加しなければならない三年生は本当に心折れることだろう。
「毎年長期間に渡って三年生を追い詰めるらしいんやけども」
「長期間に渡って……」
 学園の残酷さに、照れている場合ではなくなったらしい。一織はこちらに振り返り、ようやくソファに座った。寝転がったままだと真面目な話はしづらいと思ったのだろう。
 そうして座った一織がほんのり気だるげに見えるのは、きっと疲れているからだ。
「俺とおひぃさんがお手伝いするのは、その中のたった三日間だけ」
「たった?」
 怪訝そうである。俺も聞いた時はそうだった。しかし、その長期間が一か月、昼夜問わず生徒と教師で逃げ隠れ、追い詰めあうと聞くと、たったとしか言いようがない。
「ノルマとしては、教師陣の睡眠時間の確保」
 だが、その一か月も教師か三年生のどちらかが離脱しきったら、期間内でも途中で終了ということになっているそうだ。
「睡眠……待て、何かおかしい」
「そやな。鬼ごっこちゅうたらなんかこう、生ぬるい感じやねんけど……教師陣と三年生で交戦すると思うてくれたらええよ。期間が長い上に休憩時間は自分で作ってねって感じで、しかも、教師は授業とかもあるから交代制。実のところ、俺らに期待されとるのは」
「三年生の数を減らすこと?」
「そう」
 俺が教師にされた説明では、ノルマは教師たちの睡眠時間の確保だった。しかし、教師が説明の合間合間に三年生離脱させてくれていいよというのだ。
「それは恨まれるだろ……」
「恨まれるで。卒業試験は一回しかあらへんそうやから」
「救済処置はなしか」
 俺が頷くと、一織がこの話を聞いた時の俺のように溜息をついた。
「せやから、俺がしたいことは一つや。三年生を離脱させずに、三日間翻弄し、疲弊させる。ノルマはクリア。さらに、疲れた三年生をどうこうしやすい」
「……それなら、直接手は下さないが……」
 俺の悪名のようなものを思い出したようで、一織は俺をじっとりと見つめる。
「ちょっとずるいとか言われるくらい、反則の誉なんちゃう?」
「ついに開き直ったか」
 そういうわけではないが、そう見つめられるとそんなことばで茶化したくもなるのだ。
 俺は立ち上がり、据え置き型の端末の電源をつけに行く。先に携帯端末で映像データを確認したのだが、この鬼ごっこは話すより見た方が、俺たちがしなければならないことがわかりやすい。
「そんなこというてられるサバイバルじゃないっちゅうかなぁ……鬼ごっこの会場は、この学園全部。離脱させられた人間は印がつけられて、何処におっても離脱扱いになる。ほんで、そうでない連中は自らの敵を三年と教師陣の以外やつらの目につかんところで離脱させる」
 端末に長期間撮影されたものとは思わせぬいいとこどりの映像を流し、俺は一織に苦笑を向ける。
「陰ながらヤれっちゅうことや」
「それはまた……面倒そうな」
 同じことばを繰り返した一織は、端末のモニターに映る光景に目を細めた。
 あの手この手で心をおられている三年生のなんと哀れなことか。俺は三年生を思い、泣くかと思ったくらいだ。
「これは去年のじゃないよな」
「去年やで」
「……少し胃が重たい」
 それもそうだろう。
 この映像で心を折られた三年生は、今年の三年生にまだ少し混ざっている。それが今年も卒業できなかったらと思うと何も飲み込めないような気分になるだろう。その上、留年した三年生と来年顔を合わせると思うと胃の重量が増える。さらにこの試験は毎年立ちはだかる難関だと思うと、胃液まで存在を主張してくるのだ。
 俺と一織は同時に顔を見合わせ、重たい息を二人とも床へと落とした。
 嫌な予感とかそんなものでは済まされない。
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