一織は胃のあたりをひと撫でし、気を変えるように頬を軽くたたく。そのあと、しっかり俺を見た。
「やらなければならないことは解った。なら、おまえは俺にどうしてほしい?」
 どんなに恨まれてもやらねば学園がもっと面倒なことを押し付けてくる。そのことを、一織も身をもって知っているのだ。心なしかソファで寝転がっていたときよりも疲れた顔をして、一織は俺の答えを待った。
「さっきおひぃさんがお手伝いさんって知ったばっかりやけど、そやなぁ……今回は、おひぃさんにその気がないんやったら魔法は消す必要はないで」
「いいのか? 期待されてるのはそこだぞ?」
 俺は顔の前で大げさに手を振り、首まで振る。
「期待に答えたる意味ないしなぁ。魔法消すんも見えるんも便利やけど、おひぃさんの真価はそこやない。魅力的やし、厄介なもんやけど」
「どっちだよ」
 一度上げて下げるようなことをいったせいか、一織は不満そうに眉間に皺を寄せた。
 魔法が消えることも魔法が見えることも、実のところ、大変不便なことでもある。結界は消えてしまうし、補助魔法も利かない、魔法も使えない。見えすぎると眩しいし、場合によっては決断を鈍らせる。
 それらを一織は自らの技術と他人の技術をかりることによって一部解決した。変装の魔法が利き、結界に守られ、転移ができるのはそのおかげだし、眼鏡で眩しさも軽減している。
 もしもそれだけであったなら、俺もすごいなぁと思いはしても、便利な体質を使えといっただろう。
 しかし、一織はそれだけの人ではなかった。
「おひぃさんは魔法を使わんでも戦える。魔法を使わせる前に倒せる。体質を使わんでも魔法に対抗できる。武器科の連中に勝てる」
 一織は眉間に皺を寄せたまま、唇を引き結ぶ。まるで何かに耐えているような顔だ。
 俺は表情を緩めた。泣く寸前の顔にも、笑いそうになった顔にも見えるそれが、少々おかしかったのである。
 その様子が俺も嬉しかったのかもしれない。
「使うたら、まぁ便利やし楽ちんかもしらんが、使うたところで武器科の連中は武器で戦うわけや。ちょっと不便になる奴おるやろけど、それだけや。それに勝てる力がないとあかん。魔法使いの連中かて、魔法があかんなら一織に近寄らんかったらええだけの話や。広く結界でもしいたら、気配なくても踏んだ途端にわかるやろし」
 喜色とは違った意味を乗せ、にやりと笑いかける。そうすると一織は俺から顔をそらす。次第に赤くなる顔が、褒められ慣れていないように見えた。
 照明が白い上に、夕日も入らぬこの部屋では、その顔を何かのせいにはできない。逃げ場がなくてさぞ困っていることだろう。
「考えられる。行動できる。対処できる。自分のできることを知っとる」
 一織はできることが多い。だから一人でやってしまうことが多いし、人に頼ることを許されなかった環境もあり、人に頼るということをあまりしない。少し頼ることができるのは、おそらく魔法機械都市の三年間があるからだろう。
「それを俺は知っとるし、信頼できる。せやから、おひぃさん」
 ついには顔を覆って居心地悪そうにソファの隅に寄って小さくなり始めた一織に、俺はとっておきのことばをプレゼントする。
「協奏、頼んます」
「持ち上げてそれかっ!」
 ソファの隅で顔を上げ口を開いた一織の顔は、それでも赤かった。
「いや、ほんま、あの人面倒くさない?」
「俺も面倒だがっ、さっき俺が手伝うと知ったくせに」
「いうても、良平やったらそこ、頼まれへんから面倒やなぁと思うててん。おひぃさんが手伝うちゅうたら、そらぁ使うで」  顔を上げても目が合わないあたり、俺の褒め殺しはかなり嬉しかったのかもしれない。
 褒め殺したのは面倒ごとを任せたかったからだが、しばらくはこれで勝手に距離を取ってくれそうである。一挙両得だ。
「まぁまぁ。信用しとるさかい」
「信用が軽い……!」
 そういう割に、一織はまだ顔をこちらに向けない。副会長として、また暗殺者として、ブラコンの弟を持つ兄として褒められないことはなかったはずだ。これはいささか褒め殺しがきき過ぎである。
「なんやもう、おひぃさん、俺のこと大好きか」
「悪いか!」
 適当にからかったつもりが、誤爆だ。
 ようやくこちらを睨みつけた一織にまったく迫力がない。顔も赤いし、困ったように睨みつけられては、こちらが困ってしまう。
「……俺も、信頼してんだよ。だから、くそ……ッ」
 再び顔を覆い今度は上に顔を向ける。一織はそのあと足を組み、落ち着かないように組みなおす。
「そういうのは、嬉しい……!」
 吐き捨てるように正直な気持ちを述べる一織に、俺はどうすべきかを悩んだ。
 からかうべきか、呆然としておくべきか、何事もなかったかのように学園内の戦闘の仕掛けどころを説明すべきか。
 悩んだ挙句、いつも通りに接することにした。
「ほな、たくさん活躍してもらおかな」
「俺が高利で貸し付けされた気分だ……っ」
 俺のあっさりしたことばに、組んだ足をもとに戻し一織はうなだれる。忙しい限りだ。
「まぁまぁ。信用しとるさかい」
「二回もいうな!」
 俺は意識して笑いながら、端末を操作する。一織に学園内での戦闘の仕掛けどころを説明するためだ。
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