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 卒業試験では、学園内ならどこで戦闘を仕掛けてもいい。演習場、訓練場、教室内、廊下、寮まで含まれるという。
 俺と一織は教師陣の手伝いという形になるが、教師陣と同じ条件で動くことになる。離脱さえしなければ戦闘継続というものだ。
 ただ、教師陣とは違い、俺と一織が戦闘に参加しているということは三年生に伝えていないらしい。それを把握するのも三年生の卒業試験の一部だとういうことだ。
 つまり最初、俺たちは三年生の誰にもバレることなく行動ができる。
 俺は三年生にできるだけばれないように行動したい。そのため、一織にもできるだけこっそり動いてくれと伝えた。
 ばれてしまうと三年生がさらに厄介であるというのもあるが、何より動きにくいからだ。できるだけ罠を仕掛けて三年生の足を止めたい。
 しかし、俺が動いても、一織が動いても、三年生の司令塔と思っていい協奏が早めに見抜いてくるだろう。
 だから俺はその協奏に目くらましをするために、俺はある決断をした。
「おひ……、一織、付きおうてくれへん?」
 生徒が一番多い時間帯の食堂で、兄弟で飯を食っている一織と十織……正確には一織だけに声をかけたのだ。
 俺が声をかけた瞬間、人が多く活気に満ちている食堂の灯が消えたように静かになった。
「……戦闘なら俺のアドレスのほうに申し込んでくれるか?」
 あくまで飯を食う一織とにこにこ笑っているだろう俺を交互に見て十織が首を傾げる。普段なら、こうして人目が多いところで俺から話しかけることがない。その上、一織も普段なら、端末を使って連絡をいれろなどと言わず、その場で場所を指定するくらいはする。十織が首を傾げるのも当然だ。
 俺の部屋ですでに打ち合わせ、腹に一発見舞わし納得してくれたというのに、うまく演じられないあたりが一織らしい。どうしてそこまで俺が好きなのかと、俺も首を傾げたいくらいだ。
「ちゃうちゃう」
 俺が手を振りながら否定する。一織はそこで、ようやく箸をおき、俺を見上げた。
「なら、なんだ?」
 いつもの爽やかさで首を傾ける様子から、一織もさすがに緊張が表に出過ぎたと思ったようだ。うまく普段通りを演じてくれた。
 十織は今度は兄をじっくり見て、二度首を傾げる。随分かわいらしいことをしてくれているが、俺が次のことばを告げたら、ぶん殴ってくるかもしれない。
 しかし、その反応は俺の期待するところである。
 俺はわざわざ、一織の心臓があるあたりを指さし、笑みを消す。あくまで真剣ですというように、深呼吸し、一拍おいて口を開く。
「恋人として」
 自分でも最低最悪だなと思っている。
 一織に対してもあんまりだし、自分自身に対してもあんまりだ。
 けれど、あんまりだからこそ、一織は今まで以上に希望をなくすし、俺の行動次第では自ら離れていくだろう。
「……ハァ?」
 十織は何度も何度も俺と一織を見て、やはり最後には首を傾げ、その疑問を口からもこぼした。
 どうやら、この展開についていけないらしい。ブラコンとして大反対してもらいたいのだが、なかなかうまくいかないものだ。あとで反対されることを期待したい。
 一方、大衆の面前で告白してお付き合いするという餌をばらまく作戦について知っていた一織は、それでも目を大きく見開く。それも演技なのだろうか。一通り最低最悪だと怒って腹に一発ぶち込まれたのだから、うっかり断られるようなことにはなってもらいたくない。
「……ああ、かまわない」
 俺の指さした心臓あたりを確かめるように撫でたあと、自らの首をさすり、一織は頷いてくれた。
 俺にも一織にもすでに求愛の痕はない。
 けれど、それを思い起こさせる動作をしたつもりだ。
 再び急に騒がしくなった食堂で俺は、ほっと息をつき、続けた。
「食堂やと、あれやさかい……また演習場で」
 俺が協奏を誤魔化すために用意した策はこれだ。
 一織と付き合うふりして、たくさんの生徒を煽って学内に騒ぎを起こそうというものである。
 そして俺がした決断というのは、正体を明かすことだ。今まで曖昧になっていたものを確信させようと思ったのである。
「わかった」
 一織が小さく頷いたのを確認し、俺は食堂で絡まれる前にそそくさと自室へと戻った。
 うまく協奏が罠にかかってくれるといいなぁと思いながら。
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