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「よう、お二人さん。同棲始めたんだって?」
協奏に協力する約束をしたあと、おとなしく自室に帰ると一織がいた。
一応といえど付き合い始めて数日たつ。しかし、それらしいことは一つもなく、お互いいつも通り自分がしたいように寛ぐ。付き合う前から一織は俺の部屋にそれなりの頻度で遊びにきていたのだから、本当に変わりない。
ただし、一織はある一定の距離に近づくといちいち何か反応するので、思い出したようにわざと近づくことにしている。これもしばらくするといつも通りに戻ってしまうのだろう。
そうやって俺が楽しんでいると、良平が俺の部屋に入るなりそんな言葉を落とした。
俺は良平の顔を見て首を傾げる。その様子に良平がつまらなさそうな顔をして一織の隣に座った。相変わらず俺の部屋の俺のために用意したソファは客に大人気である。
「寮を大きく一つの家だと思えば、同棲かもしれない」
俺のつまらぬ反応に比べ、一織の微妙な前向きさは良平の好むところらしい。良平のためにさりげなく隣を開けた一織の膝に頭を預け仰向けになり、良平は笑う。
「そりゃあ、うちの駄犬も大喜びだわ」
確かにその解釈ならば、青磁も良平と同棲しているということになる。一織はその程度で満足などしないのだろうが、青磁ならば涙ぐむくらい喜ぶに違いない。
「それにしても噂ってのは途方がねーな。お前ら結構前から付き合ってたことになってるし、猟奇がいつの間にか愛人ってことになってるぞ」
一織の隣に座ったかと思えば、一織の膝枕で横になった良平は携帯端末を取りだしそのまま会話を続ける。一織が俺の仮の恋人だとしても、青磁が居たとしても、良平の自由さときたら羨ましい限りだ。
「どちらかというと、俺の方が愛人では?」
「俺の?」
確かに、現在の状態を見ると一織は良平の愛人のようである。青磁が無駄に一織を威嚇しそうな光景だ。しかし、このように明らかに普段はしないだろうことを良平がしても青磁は一織に威嚇をしない。
「いや、キョーの」
一織が俺の愛人というのなら、俺にとってこの状態はかなり不満がある。俺が甘やかされるのならまだしも、今、一織が甘やかしているように見えるのは良平だ。しかも良平が一織を枕にしようと嫌がりもしない。
「へぇ。じゃあ、誰が叶丞の本命になんの?」
良平もきっと俺の反応が見たくて膝枕をしてもらったのだろうに、一織と俺のこの無反応さである。
俺は良平の自由さと自然な動作につっこみ逃しただけだが、一織の無関心さには良平も身体を起こしそこねて膝枕を続行してしまったのだろう。
「だから良平が」
しかし、一織の回答を聞いた瞬間に良平は身体を起こし、一織に振り返った。
「ねーよ」
「ないわぁ……」
あまりのことに、俺も危うくソファの傍らにある椅子から落ちそうになる。
そう思えば一織も青磁も何かといっては俺と良平をくっつけたがるところがあった。しかも一織は良平なら仕方ないという態度であるから始末に負えない。
良平のことは相方であり親友であるとは思う。しかしながら、熱い友情すら怪しいとも思ってしまうのが俺と良平である。悪友がうっかり相方兼親友になってしまった感じだ。
だが、他人から見るといい感じに見えるらしい。俺も良平も、何を悪趣味なと嫌な顔しかできないというのに、随分嫌な勘違いである。
「一織は解ってると思んだけど、叶丞好きとか悪趣味もいいところじゃねーか」
一織の趣味が悪いことは俺だけではなく、良平も一織も認めるところだ。否定の言葉も動作もない。しかし、それは俺のことだけではなく、良平が好きだということにも言える。
「それ認めるとこやけども、良平好きとか俺の趣味も疑われてまうし」
「だよな」
これも本人の認めるところだ。これを認めないのは青磁だけである。
「……互いに事故物件だといいあってるだけなのに、仲良さそうなあたりに、俺の入る隙間というものを見つけられない」
隙間というほどの狭さが俺と良平の間にあるのだろうか。スカスカなので、出たり入ったり自由にしてもらいたものだ。
「何いってんだ。あの駄犬見習ってガンガン入れよ。物理的に」
そこはやはり良平も思っていることらしい。眉間にできるだけ皺を寄せて力強く発言してくれた。
「物理的に」
その発言にうなずき、呟くと同時に一織は目を細める。俺はその様子になぜかぞっとした。
良平のいう物理というのは、身体をつかって割って入れというだけの話だ。けれど、一織の様子を見ていると色気もなく寝込みを襲われるのではないかという気になる。ベッドでは暖かくありたいものだ。
「まぁ、とにかくなんや。同棲はしとらんし、おひぃさん愛人やのうて一応恋人やさかい。良平とか相手にしとらんで……」
恋人というだけで身じろぎするあたりが、一織の可愛げである。落ち着かない様子でそわそわと身体を動かし、二度もソファに座りなおした。
「なんかすげー惚気られたみてーだな。ごっそさーん」
「……報告に来たんじゃねぇの?」
良平のからかいに、一織がたまらず本題を引き出そうとする。そう、本題は報告だ。良平は俺に現状を報告に来ていたのである。