俺が一織に食堂で告白してからというもの、面白いぐらいに学園は騒がしくなった。
俺はそれを他人の口から知るため、さっさと被害が及ばぬところに避難した良平に噂話の収集と、良平から見た状況を教えてくれるように頼んだ。これについては一応、先生方から許可を貰ったので、今のところなんの問題もない。
「いいじゃねーか。恋人っぽくて」
「……恋人といっても、仮だ」
仮でも嬉しいのだろう。不貞腐れたふりをするくせに、少し照れくさそうな顔をする。本当に好きなんだなと他人事のように思ってしまうくらい、一織はこういうとき正直すぎた。
「叶丞愛されてるー」
「知っとる」
わざと笑ってやると、良平もへらっと笑う。この手の話で俺をからかうより、一織をからかった方が面白いと学習したらしい。顔を隠すようにうつむいた一織を見て、良平は満足そうに頷いた。
「ま、今日はこの辺にしといてやるよ。それで、報告な。今のところ一番騒がしいのは反則狙撃のファンで、その次が一織のファン。あとは、おまえを襲いたい連中」
この騒ぎが起き始めて一番意外だったのが、反則狙撃のファンについてだ。一織のファンやもともと俺に仕返しをしようという連中については把握していたのだが、それほどまでに反則狙撃と俺のギャップで苦しめられる連中がいるとは思っていなかったのである。
「反則狙撃のファンなぁ……理想と現実っちゅうやつな。この味のある男前さがわからんっちゅうのは残念やな」
「んん、喉になんか引っかかったのか? それとも、美意識でも失ったのか?」
「気ィ失のうたみたいに言うのやめてくれへんかな?」
姿形はさておき、性格は同じであるし、考え方も同じだ。人というものは見た目に左右される生き物なのだろう。
親しい仲であるというのなら問題ないが、そうでないのなら、やはり見えている部分が重要なのである。見えないものは想像するか聞くしかないからだ。想像するには限度があり果てない妄想になることもある。百回聞くより一回見た方がいいともいう。
そして、一回見た俺ときたら、銃選択特有の軽い見た目の普通の男である。かっこいい反則狙撃を想像していたファンとやらには、大きな衝撃があっただろう。
「あと、おまけに俺が猟奇なんじゃねーのって話も出てて、仔犬ちゃんがきゅーんきゅーんしてる」
「ついに知ってしもたか……一方的にライバルと認めた男の正体を……」
反則狙撃の正体が俺だという話になってくると、俺の一番親しい友人で、しかも魔法武器を選択していると確実にそうだとわかる。合わせればひとクラス分ほどいるとはいえ、魔法武器を選択している人間は少ないのだ。反則狙撃の近くにいるのは猟奇だとすぐ想像できただろう。
しかし、良平は俺と違って平和なものである。もともと猟奇は面をつけているので顔の美醜は解らないからだ。わからないからこそ想像が美しかったりするものだが、良平は一織ほどではなくともそこそこの男前である。俺とは残念度が違うらしい。そのうえ、猟奇の面構えについては醜いからという説もあり、どちらかというと顔よりも想像されている話の方が麗しいのだ。
そのうち過激派が現れそうなものだが、その前に良平が魔機に行く予定である。その上帰ってくるのは半年も先だ。半年もたつと皆それどころではなくなっているだろう。
そんなこんなで今のところ猟奇に一番反応しているのは猟奇に憧れていた仔犬ちゃんだ。
仔犬ちゃんは、夏季休暇あたりから良平に噛みついていた男でもある。態度を決めかねあわあわしているらしい。その様子を見て良平がここ一番楽しそうにしている。
「これで魔機に行くとか、俺ってば勝ち逃げー」
「ほんま、やな奴やなぁ。ほんで、十織のファンとはどうなん? あそこ、十織のいうことなんでも聞くやん?」
「それについては俺が」
ようやく照れくささから脱した一織が小さく手を挙げた。その顔はほんのり赤い。一度火照るとなかなか直らないものだ。
「十織自体が半信半疑で行動できないでいる。いつもにまして用もないのに俺と顔を合わせては俺に何か言いたげな顔をしている」
コンプレックスのせいか、身内ゆえか、それとも弟のべったりなブラコン具合がうっとうしいのか。おそらくそのすべてのせいで、一織は弟の十織に対する態度には少し塩気がある。
「お兄ちゃん、そこはちゃんと自慢してもらわんと、騒ぎの加速が見込めへんよ?」
十織が騒いでくれないと、わざわざ十織と一織が食事をしている時に告白した意味がなくなってしまう。
そう、俺は十織にもブラコンを発揮してもらうことで騒ぎをさらに大きくしたかったのだ。
「俺自身が仮とはいえやらかしてしまったし、考えれば考えるほどおかしいと思ってるし、さらにいうと、よく考えたらもう二、三発殴っておこうかなと思うのにか?」
「一発だけでも痛かったしあざになったんやけど、やるなら殴られとく。けどまぁ……優しゅうしてね?」
かわいらしく首を傾げてみせると、一織も首をひねった。
「……何故俺は、こんな男を好きになったのだろう」
それは俺がききたいことである。