試験の開始は『騒ぎ』の始まり


 俺が反則狙撃だと確信したからといって俺を襲おうとしていた連中が迅速に行動ができるわけではない。これまで策を練る時間もあっただろうに、そうできないところが俺に連中を小さく見せる。
 しかし、ここで一息おいて落ち着いてから仕掛けてくるのならば、見直してもいいのかもしれない。
 だが、連中はそのどちらでもないのだろう。
 俺はそんなことを思いながら、深刻な顔で前方を見た。
 迅速に行動できる強い勢力というのは、この目の前の七三がいる団体のような優秀さがあるものだ。
「叶丞クン。副会長様とのお付き合いはうまくいっているそうじゃないか!」
 きらりと眼鏡のレンズを光らせ、一織のファンの代表……薄青同盟の七三眼鏡男は俺に顔を近づける。
 俺は薄青同盟に呼び出され、裏庭にいた。今回は前と違い気になることも特になく、暴走するならしてくれた方が嬉しい。無視をしようと思っていた。しかし、そこは一織から待ったがかかったのだ。呼び出しが来たのなら、そのまま呼び出されろと。
 一織曰く、薄青同盟はトップに位置しているメンバーが生真面目と几帳面であるそうだ。ちゃんと対応すれば混乱を招くようなことはけしてしないらしい。
 つまり放っておけば俺の望む騒ぎが起こる。だが、それを知る生徒がこちらの思惑を見抜くかもしれない。
 一織が薄青同盟の性質を知っているのに、その忠告すらしないというのは付き合っているという事実が疑わしくなってしまうというのだ。
 この薄青同盟の性質を知っている人間というのが、他のファンの集まりである。このファンの集まりが他の集まりと手を組んでいたりするので、大変面倒なのだ。
 一、二年だけなら、気づいても気づかなくてもそのまま騒ぎ続けてくれるだろう。しかし、三年生も混ざってくるから話は別だ。
 俺は三年生に今回のことがバレないためにも、薄青同盟の呼び出しを受けなければならなかった。
「おかげさまで」
 俺は少しだけ罰悪そうに顔をうつむける。照れくさそうにしてもいいが、薄青同盟は一織のファン達で一織をとても大事にしていた。喜色満面よりは、少し申し訳なさそうにした方がいいだろうと思ったのだ。
「なんだね。叶丞クンは副会長様とお付き合いできてベリーベリーハッピーではないのか!」
 この七三だけなら、その明らかに浮かれすぎな様子で喜んでもよかっただろう。
 しかし俺の目の前には一人しかいないものの、裏庭を囲む校舎くらい存在感のある複数の気配に囲まれていて、ベリーベリーハッピーとやらにはなれない。少なくとも俺はそうである。
「いえ、世界が終わるなら今ってくらいには幸せですよ」
「ならば、我らに気を遣わず幸せそうにしたまえ! なんなら惚気も喜んで聞こう! 副会長様の幸せ、それはわれらの望外の喜び!」
 ファンというものは色々な形があり、この俺の目の前にいる七三を含む薄青同盟の連中は、大変行動派であるが一織の幸せを願ってやまないいいやつらだ。
 連中がそうなってしまったのは一織の普段の演技のせいである。あれのせいで一織は無駄に爽やかであたりさわりがなく、さらに焦がれるほどの熱情も抱かせない。見れば見るほどほどよく嘘くさいのだ。
 十織の姿を見ていると、似ているだけにそれが浮き立つ。それでも表面を見る分には、ただ爽やかなイケメンであるのだからキャーキャーいうにはいい存在なのであろう。
 それでも薄青同盟トップ達が一織を崇め奉れるのは、一織の努力家な一面をみているからだ。
 それこそ十織を見ていると、一織ほど心折れて道を外しそうな存在もいない。しかも生まれの一族からも認められていないのだ。そうなるとどうしてあの傑物ができるかと感心できるほどである。
 薄青同盟の初期メンツはそうした一織を心から敬愛しており、また、ほどよく嘘くさい姿を心配していた。
「我らは、副会長様の付き合う人間を試したりはするが、認めたのならば副会長様とどれほどの付き合いをしようと文句はないのだ」
 ならば、何故俺は裏庭に呼び出されているのか。
 俺もよくわかっている。薄青同盟の連中は悪い連中ではないのだ。それは以前呼び出され、こうしてまた呼び出されるまでに身に染みてわかっている。
 俺が一織と親しい友人づきあいをして、誰かに面と向かって文句を言われないのは、薄青同盟がいたからだ。最初に俺を呼び出し、俺に一織と付き合う資格とやらがあると人前で証明するや否や、いろんな連中を牽制してくれた。
 わかっている。わかっているが、彼らは暑苦しい。うっかり避けてしまう。
「副会長様をよろしく頼む。……家族でもない我らがいうことではないのだがな! しっかりした方であるし」
 七三眼鏡はそうして、また眼鏡を光らせる。
 今回の呼び出しは、そのよろしく頼むをいうためにされたのだ。
 勢いあまって顔を近づけてくる七三から、身を後退させつつ、俺は頷いた。
「付き合っている限りは」
「ずっとではないのかね?」
「そこは、ちょっと……さすがに、俺の性格が悪いので……」
 性格の不一致ゆえにわかれるかもしれないと言外ににおわせ、苦笑する。実際はこれが終われば盛大に一織に振ってもらう予定だ。一織には大変不愉快そうな顔をされたが。
「ああ、そうか。副会長様が嫌になる可能性もあるということだな」
 納得されると大変しゃくであるが、その通りである。だが、実情としては俺の性格の悪さをひっくるめて一織は俺が好きだ。そうでなければ、どうして好きなんだと自分で首を傾げるようなことはしない。厄介な好かれ方だ。
「君が反則狙撃だというのなら、それは確かにそうだな。……うむ。しかし、副会長様の判断次第だ。こうしてちょっと口を挟んだのは、我らの性質上ゆえ」
 俺にこうして言っておきたかったというのもあるだろう。けれど、それ以上に一応薄青同盟公認ですよという証拠を残しておきたかったようだ。そうすることで牽制できるものがある。
 本当にいいやつらだ。
「あともう一つ。君に忠告だ。会長ファンの過激派が、静かに動いているようだ。我らも気を付けてはいるのだが、恥ずかしながら余所様に手が回るほど、こちらの内部もまとめられていなくてね!」
 いくら薄青同盟トップの方針が七三の行動であっても、薄青同盟は大きい。同盟に参加しているすべてのファンが同意見だというのはあり得ないのだ。こうして手を回せている現状が異常といってもいいだろう。
「頑張りたまえ! 我らからは以上だ!」
 七三は三度、眼鏡を光らせ颯爽と俺に背を向け去っていく。なんともかっこいい後姿だ。
 しかし俺はそれを見送った後、大きな大きなため息をつき、じめじめとした裏庭の地面へと腰を下ろした。
「……あのノリ、やっぱり俺にはあわへんなぁ」
 そう、本当に薄青同盟のトップ連中はいいやつである。だが、俺の肌には合わない。俺が薄青同盟の呼び出しを無視しようとした最大の理由はそれだ。
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