俺はすっかり抜けてしまった気を入れなおしもせず、大きくため息をつく。
七三眼鏡が背を向けたあたりから、裏庭を囲んでいた気配も三々五々移動している。だからこそノリが合わないなどという独り言もこぼしたのだ。
とりあえず周りに人がいないかを確認して、小さくため息をつく。
気配は散っていったというのに、急に頭が痛み出したからだ。
「魔法の察知は得意やないんやけども、転移は解るで……」
俺は魔法の気配には鈍いほうである。それでも、ある条件をそろえれば、俺でもわかるのだ。転移魔法は特にわかりやすい。おそらく空間をゆがめるせいだろう。大体頭痛という形で察知できる。
転移魔法でできた空間の歪みから歩いてきた十織を、俺は見上げた。十織は何かを聞きたそうな顔をして、俺に数歩近づく。
「……どこに、出るかはわかんねぇんだろ?」
聞きたいことはそれではないだろうに、いい辛そうにそんなことを十織は尋ねる。わかりやすいやつだ。
一織も根は素直だが、十織はもっと素直である。しかも一織は地下に向かって二回転半くらいした性格をしているというのに、十織の性格はまっすぐ拗ねてしまった感じだ。
相変わらずのまっすぐさに、俺は笑みをこぼした。こういうのは変わらず癒されるし、ときめく。けれどそれは可愛いなぁと思うだけで、まずいなぁとはけして思わない。
座り込んだ俺を見下ろす十織に笑って見せた。それはいつもどおりのへらへらしたものだ。
俺の表情の変化に、わずかに口を開きかけ、十織は口を閉じる。何か言いたいときに言えないのは十織らしくない。けれどその動作は一織に似ている。一織はよく俺にそうして口をつぐむので、もっと言ってくれて構わないのにと思う。
おそらくファンが散るのを待ち、俺が一人の時を狙って転移してきたのだろう。ここからは離れていてあまり気に留めていなかったが、ある場所から動かない気配がある。大方そいつが十織に合図を出したのだろう。
俺に用があるから転移したのだろうに、口を開けずじっとする十織の代わりに、俺は口を開く。
「こんなに近くに急に現れたら、さすがの俺でも照れてまうかも。近すぎて」
俺が笑ったせいか、どうしようもない冗談をいったせいか、十織の眉間に一気に皺が寄る。いつものことながら、その険しい表情に俺はわざと心臓を抑えて痛がるふりをした。
「もう、ほんま、心臓に悪いわぁ」
十織は眉間に皺を寄せたまま、舌打ちもしないで俺を見下ろし続ける。いつもと違い、まるで何かを見極めるように俺を見下ろし続けた後、十織はようやく口を開く。
「……びっくりしてか?」
十織のいつになく真剣な様子に、俺は眉を下げた。
十織はやけに難しげな顔をしている。だが、十織が聞きたいことには、すぐに答えられる気がした。
「聞きたいことあるんやろ? それともびっくりしたかどうかで答えがでる話なん?」
本当は十織が転移してきても驚かない。誰かが転移してきたということは察知できたし、その誰かは十織である確率が高い。学園で普段からやたらと転移魔法を使うのは十織くらいだからだ。以前もそれのせいで気まずい思いをした。
「これくらいは挨拶みたいなもんやけど」
「……挨拶でそれかよ」
頷いてみても、十織は難しそうな顔をやめない。明らかに難問にぶつかったときの顔だ。
俺は冷たく感じる地面から腰を上げる。
ようやく立ち上がって首を鳴らした。
「だから、ききたいことは何なん?」
いつもなら適当に流してそそくさと立ち去っていたことだろう。俺の様子がいつも通りではないと気付いて、十織はずっと合わせていた目をそらした。
実のところ、適当に流しておくと十織は黙って悶々としてくれる。つまりおとなしくしてくれるのだ。
それは、今、俺の望んでいることではない。
なんでも俺の計画するとおりに進むわけではないが、すすんで黙らせるわけにはいけないのだ。
「……兄貴と、付き合ってるってのは本当か?」