うんざりするほど他人に聞かれたその質問の答えは決まっている。
「そやで」
付き合うことによって騒ぎを起こしたのだから、三年生をだますためにも十織に騒いでもらうためにもそういわなければならない。
「す……」
「す?」
「好き……か?」
好きだから付き合うという考えならば、俺もそれこそベリーベリーハッピーだ。
十織のこの質問に対しても、俺は簡単に答えられる。
「そや」
簡単な真実であるのに抵抗感があるのは、それが一織に対するものだからだ。
十織のときは抵抗するまでもなく好きといえた。
これも恋心ではあったものの、十織はいずれ俺とは離れる人だとわかっていたからだ。十織はいずれ魔術都市にある実家を継ぐ人間である。どんなに好かない人間がいても優先順位はその実家にあった。
その上、俺には逃げる手段がいくつもあったし、余裕があったのだ。
けれど、一織は違う。
家から出ているしこの学園を出ると行き場もない。わりとなんでも一人でやるくせに、居場所を誰かに貰うことを心ひそかに望んでいる。
俺はそれを提供することができるだろう。良平にしたように勧めることもできる。
しかし、それをしてしまうと一織はあの魔機に枷をはめられることになるのだ。こーくんが魔機から出るのに不便しているように、良平が魔機に保護してもらうと軟禁状態になるように。
もちろん、良平のように俺の優先順位が三番以内に入らないのならいい。もしものことがあって、俺を人質にされ不本意ながら魔機にとどまるようなことにはならないだろう。また、逆に良平を人質に取られても、俺も良平と同じ判断ができる。
だが一織はそうではない。
一織の性格や優先順位もさることながら、俺が一織にそうなってほしくないのである。
俺自身がもっと自由に色々な場所に行きたい気持ちがあるからだ。
ただのエゴである。
「それだけ?」
十織は目をそらしたまま、やはり難しい顔をしていた。
十織はそんな顔をしたままだが、本当に難しい話ではない。
俺は一織が好きで、一織には自由にしていてもらいたいのだ。その一織の自由が俺を選んでも、それがその自由を著しく損なうことを俺は知っている。
自分勝手すぎるし、もう少し考えればいいことかもしれない。
けれど、俺はそれに矛盾した感情も抱えている。好きだから一緒にいたいというものだ。たとえ人質でもいいから離さないというものでもある。自由などクソくらえというわけだ。
その二つがあまりに面倒で、それもあり逃げたい。
「それなら、いい」
見る間に十織の眉間から力が抜ける代わりに、十織から元気がなくなった気がした。
好きあっているならいいだとか、十織が俺を好きになっていたとか都合のいいことを考えて、俺はまた適当に答える。
「十織も好きやで」
適当だが、確かに好きだ。
俺は肩を揉んでから、改めて十織を見つめる。
資格試験の結果が悪かったような顔をする十織は、低くつぶやく。
「兄貴のが好きなんだろ」
「同じくらい好きやで」
そう、同じくらい、別の方向で好きだ。嘘はついていない。
だが、これによってブラコンには火が付いた。
「ハァ?」
勢いよく俺に振り返り、睨み付けてきた十織はいつも以上に不機嫌そうであった。
「そんな軽い気持ちで兄貴と付き合うとかいい度胸じゃねぇか!」
十織は俺の十織への気持ちが軽いと判断したようだ。それは正しい。しかも、一織と同じくらいということばを友人として同じほど、もしくは不倫のような形でとらえたのだろう。
十織は怒りをあらわにギリギリと俺の制服の襟元をつかみ、握りこむ。
それでも俺は誤魔化す様にへらへら笑う。
それは十織の怒りに無事燃料を投下できたようで、ついに舌打ちが飛び出した。
「笑うな!」
十織は俺を放り出す様に手を離すと、もう一度舌打ちし、悪役のように吐き捨てる。
「覚えてろよ……!」
後が怖い限りだ。