「この、何故かちょっと浮かれてしまうあたりが、最高に悔しいしどうかしてるんだが、クソ……ッ」
 そんなに悔しがるくせに嬉しいとは複雑なものだ。これが素直に気持ちを伝えられるのならば、ちょっとした嫌がらせとして楽しめる。
「ほんまなんで好きなんやろねぇ」
 先を歩く俺との距離を詰めることなく、後ろからついてくる一織はしばらく唸った。相当悔しいらしい。これはこれで面白くなってくるから、俺も少し悔しいくらいだ。
「タイミングがいい。キョー、スケは……いつも外さない」
「なんそれ。俺も意識しとらんし。ちゅうか、叶丞っちゅうの、続行なん? キョーでええて」
「ぜってぇ、滑らかに呼んでやる」
 一織の副会長らしさが消えるころには、俺と一織は校舎の外に出るところであった。
「ほな、それ、楽しみにしとくから、そろそろ気持ち切り替えてこうか」
 校舎から寮へ続く道は長くない。学園のシステムを利用する上で、自室の風呂場から転移することもあり、寮は校舎の近くにある。それも誰が考えたのか、足腰を鍛えるためだといって、短いながら綺麗に整備された道と小さい子供がわざわざ通るような障害物がある道が隣り合わせていた。
 俺は迷わず疲れた時に無理は禁物といわんばかりに均された道を歩く。
 その隣……障害物があふれる、もはやアスレチックではないかという道を一織が歩き始めた。
「……そっち疲れへん?」
「俺はこうでもしないと、追いつけない」
「いやいやいや」
 障害物などないかのように移動する一織は、俺の隣に並ぶと平然と言い放つ。
 一織は魔法ばかり学んでいて、ほかの武術馬鹿より遅れて身体を鍛え始めたのだそうだ。一織が今の戦法を取るようになったのは魔法機械都市にいってしばらくたってからだというのだから、この学園にいる武器科の連中よりかなり遅い。
 けれど、それで音もなく気配もなく隣を移動されて、追いつけないとか何を言っているんだといいたくなる。
「完膚なきまでに倒したい奴に言われてもな……」
「やめてくれんかなぁ……倒されたくないっちゅうか、しんどい」
 今度は一織の方がまたまたと、小さくつぶやいた。こちらが言い返してやりたいくらいである。
 そうこうしているうちに道の終わりが見え始めた。
 寮は校舎よりも小さいが、全寮制というだけありそれなりに大きい。近いこともあって、すでに寮の光がこちらに届いているように感じた。
「で、切り替えというのは?」
「……寮についたら、始まっとるで」
「今日からなのか……」
「正しくは、今日、三年生が一人でも寮に帰ってからやな。たぶん夕方くらいやったんちゃうかなぁ……寮にある気配がなんや愉快なことになっとるわ」
「愉快……」
 寮にある気配が一部、途切れるように感じたり、うっすらとしたり、急に増えたように感じたりと、煩い限りである。夕方くらいには始まるだろうと聞いていたので、普段はそこまでアンテナを伸ばさないが、戦闘時ほどではないという範囲で気配を読んでいた。
「愉快は置いておくとして、夕方くらいからということは三日後の夕方くらいまで、か」
 一織が確かめるようにこぼしたことばに、俺と一織が同時にため息をつく。
 寮の入口はもう目の前である。
「心の準備がほしいところやわぁ」
「……あれだけ、準備しておいて」
「ちゅうても、今日とかメンタルぐだぐだやねんけど」
 一織はアスレチック小道を飛んだり歩いたりしながら、俺に疑わしい目を向けた。俺のほうこそその運動神経に疑惑の目を向けたい。
「お前がぐだぐだになる原因がどこに……十織か?」
 そう、きっかけは十織だ。しかし、原因は十織ではなく一織であり、それも元をただすと自分自身のせいである。
 しかし、俺はそこで曖昧に笑う。
「……今は俺で満足しておけ」
 俺は一織が勘違いするようにふるまっている。
 それなのに少しだけ気まずげに、それ以上に悔し気に、一織が俺にくれたことばがあまりにも男前すぎた。
 いい逃げとばかりに俺を放っていく一織の後姿をしばらく眺め、一瞬息を止める。
「あかんやろ」
 小さく、息とともにことばが抜けていった。
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