一織を追って寮内に入り、俺はまっすぐ食堂を目指した。この時間になると、寮にいる大概の生徒が食堂で飯を食っているからだ。
それは俺を置いていった一織もそうであるし、卒業試験の邪魔をしなければならない三年生もそうである。
それだけでなく置いて行かれたため、どこにいるか解らない一織の居場所をその辺の生徒を捕まえて尋ねたところ『食堂に行った』といわれたというのもあった。本人に携帯端末で連絡をいれてもよかったのだが、騒ぎを煽るためにもわざわざ聞いたのだ。四人目にしてやっと回答を得られたのだから、煽るにはよかったと思う。しかも四人目も微妙に嫌そうな顔で答えてくれたので、煽り効果は抜群だ。しかし、その答えが本当かどうかはわからない。
果たして一織は本当に食堂にいるかどうか。
軽い気持ちで食堂の入口まで行くと、その近くで一織は携帯端末をいじっていた。
少し難しい顔をして携帯端末の画面を覗いていた一織が、ものすごく渋い顔をした後ため息をつく。まるで難問を解いていたが、納得のいく回答を出せなかったといった様子だ。すっきりしないといった表情のまま、一織が顔を上げる。
すると俺の携帯端末が震えた。
俺は難問がなんであるかをすぐに察し、にこりと笑う。顔を上げた一織は不運にも俺と目が合い、すぐに顔をそらした。
「……メシ、イッショ」
一織は顔をそらしたまま、いいわけを絞り出すよう声を出す。
「はいはい。愛されとるもんねー」
「当たり前だ」
にやにやしたまま一織の手首を掴み、食堂の中へ入る。うまく動けそうもない一織を引っ張ろうという思いと、ちょっとした意地悪のつもりだった。顔だけではなく、心のなかでまでにやにやとした気分だったのだが、食堂に入るなり視線を集めてしまう。
それらは好奇や嫉妬が大半で、一部は憎しみのようなものまで混じっていた。しかし、それよりなにより俺の手を見る一織の視線が痛い。
「……これが嬉しいとか、本当にどうかしている……」
一織の視線には、驚愕、困惑、疑念、それらに勝る動揺と喜色があるように思える。舞い上がるのなら素直に舞い上がればいいのに、損な性分だ。もしかしたら、いや確実に相手が悪いというのもあるだろう。
「悔しい?」
一織の気持ちをはかることができても、こういってからかうのだ。一織でなくても悔しいだろう。
「何故俺は、普通にこんなやつが好きなんだ……」
俺は上機嫌といわんばかりに一織の手首を掴んだまま、横にゆるく手を振る。一緒にぶらぶらと揺れる一織の手が反撃してくる様子はない。
「タイミングがええていうてましたやん」
「それでも、こんな奴にと思うのは仕方ねぇだろ」
それを本人に聞かせるあたり、一織の開き直りぶりも素晴らしいものがある。
「ほんで、飯どうする?」
「……オススメ」
「今日はシェフの気まぐれジンジャーポークセット」
「生姜焼き定食ではだめだったのか?」
食堂のシェフ……今日はおばちゃんだったわけだが、彼女のあまりの気まぐれさに一織は一度俺を見て首をひねった。そしてオススメメニューの書かれたボードに目を向ける。ボードにはどう見ても生姜焼き定食だとしか思えない絵と説明があるだけだ。一織はもう一度首をひねった。
「名前が気まぐれなのか?」
俺と同じ結論に達したようだ。注文の品が届いたところでその気まぐれさがわかるのかもしれない。
「ほんでおひぃさん、なんがええの?」
「シェフの気まぐれジンジャーポークセット」
「チャレンジャーやなぁ……おばちゃーん、ジンジャーポークセット二つで」
「他人のことがいえるのか?」
何が気まぐれなのかという好奇心に勝てなかったのだ。それでなくても生姜焼き定食はうまい。悪い選択ではないはずだ。
おばちゃんが注文を了承した声をきき、俺は一織の手首を離した。携帯端末で支払いをするためだ。
「まぁ細かいことはなしや。おごるし」
そのまま携帯端末を操作して、ジンジャーポークセットが来るのを待つ。
「……それなら一番高いセットを頼むべきだった」
この食堂の一番高いセットというとなんとか御膳という、いかにも高級そうな名前のセットである。一応学生食堂なので、高いといっても高級料理店のそれほどではない。
けれど収入があってなきような学生には高いといわざるを得ない代物だ。
「良平に一回やられたけど、上品なセットやった。良平が質より量いうて、違うもん追加注文しとった」
「なるほど」
良平は隙あらば人の金で飯を食おうとするので、俺はだいたいのメニューを把握している。良平に好き嫌いがないからだ。こう考えると、俺はよく良平にたかられている。とても切ない現実だ。
「で、さっきから視線がうるさいんやけども」
沈みそうな気分を上げるため話題を変えると、一織が軽く舌打ちした。いつもの調子が戻ってきたのだろう。
「そうだな、普段より視線がある気がするが。お前のせいだ」
やはり一織の手首を握っていたせいであるらしい。
だが俺は、三年生の様子をみるために気配を読んでいることもあり、この視線が普段より多いことはそれ以外に理由があるように感じていた。
「それもあるやろけど、寮長が動いとるんかな?」
「……ろくでもねぇな」
寮長こと協奏が動く……それは確かに、ろくでもない。俺は頷いて、それとなく食堂内を見渡す。