寮の食堂はこの学園の生徒や教師が食事をとる場所だ。それでも校舎内にある食堂より開放感はなく、少し小さい。一気に生徒や教師が押し掛けてしまうと全員は収容できないだろう。だから席に座わって快適な食事をするために、様々な工夫をする。時間をずらすというのが一番多く取られる方法だ。
 だが、食堂の席がない時間というのは存在する。今はその時間帯だ。食堂いっぱいの人々は食事に友人との会話にと忙しそうである。
 その忙しい手を止めて、それらの大半の人間がこちらを興味本位でチラチラと見ていた。
 他人が付き合ったというだけでこれほど注目を集めるのは、なにも俺と一織という組み合わせが悪かったせいだけではない。
 大半の生徒が暇で、有名人の挙動が娯楽だからでもある。
 この学園は暇があるなら自分を磨けという方針だ。そんな学園であるから、娯楽というものが乏しい。
 もちろん、学園がいう通りにしなければ容赦なく追い出されることもあり、皆それなりにやっている。
 しかし、学園の厳しさはまちまちだ。トップを走る生徒には多大な期待を寄せるが、それ以外には適当なところもある。教育という点でみるといい環境ではない。
 その上、新しいおもちゃが与えられることもそうないのだ。そうなってくると有名人の挙動は、違う人間がやっていた同じような出来事でも暇つぶしの道具になる。
 つまり、暇人が多いのだ。
 そんな暇人たちの視線のなかに混ざる悪意や敵意、それらに紛れている何かをうかがう視線を俺は感じていた。
「おひぃさん、学年の違いって判る?」
「変装後の有名人なら」
「そやろなぁ……俺も見た感じでは限られるんやけど……気配は解るんや」
 一織は忙しく動き回るおばちゃんを目で追いながら、鼻で笑う。
「化け物か」
「その化け物に気配読まれへん奴こそ化けもんちゃうか」
 大変不毛な言い合いである。
 俺たちが注文カウンターにきた時から、避けるように距離をとっていた他の生徒たちがいやに静かだ。彼らはおそらく俺たちの話に聞き耳を立てているか、興味がないか、あえて何も思っていないと態度に出しているかのどれかなのだろう。そうやって静かにしていても、俺たちの会話は聞き取れていないに違いない。食堂はそれほどうるさいのだ。
「で、それがわかるからどうした?」
「ろくでもないのの手先がまじっとる」
「ろくでもねぇな」
 本当にその一言につきる。
 ろくでもないの……協奏の手先というのは、普段から協奏と付き合いのある三年生だ。
 三年生の有名人でいうのなら寮室争奪戦のときに見かけた連中がそうである。槍走や焦点、重火器などだ。
 ほかにもいるのだが、協奏は魔法使い、特に魔術師とは縁が薄いと小耳にはさんだことがある。おそらく協奏が優秀な法術師だからだろう。魔法使いはだいたいプライドが高い。優秀で何を企んでいるかわからない協奏に使われたくはないのだろう。
 だからこの混じっている視線も、魔法使いはいないとおもっていい。
「たぶん良平のワンコの追っかけやと思うんやけど」
 青磁が神槍だと知った槍走は、それ以来、青磁……アヤトリを見かけては喧嘩を吹っかけている。学年も違うのにわざわざご苦労なことだ。
「……確かにそうだと思うが、その認識はイメージを損なう。せめて熱血と」
「ワンコにだけ挑むっちゅうのは熱血なんかな。他どうでも良さそうやし」
 二人して首をひねっていると、おばちゃんが俺たち二人の前に定食を二つ置いた。
「ジンジャーポークセット二つお待ち!」
 そういっておかれたそれらは、どう見ても違う内容の定食である。入れられた皿が丸いか四角いか、その皿の区切りがいくつあるかという細かいところから、料理の内容まで違った。
 同じものといえば、豚の生姜焼きがあるということと、定食のボリュームくらいである。
「なるほど、気まぐれやな……」
 料金を払うために、隅に設置された端末に携帯端末をかざす。すると、爽やかなシャリーンという音が響いた。
「どちらがいい?」
「どっちでもええよ、嫌いなもん入っとらんし」
「嫌いなものがあるのか?」
 一織は自分の前にある皿を手に取り、ついでにトレイもとってその上に置く。俺は残ったもう一皿をトレイに置いて、注文カウンターから離れる。
「もちろん」
「ほう……何が嫌いだ?」
「……好きなもんの方聞いてくれへんかな?」
「嫌いなものの方が重大だ。嫌われない参考にしたい」
 食べ物の好き嫌いが人間の好き嫌いと似た部分があるのか。俺は少しの間考える。
「参考にならへんのちゃうかな?」
「少なくとも嫌いなものをすすめなくて済む」
 一理あると思う。先回りしておけばこちらは不快な思いをしない。しかしながら、それをいいと思って勧めたかった人間の気持ちも複雑なものだろう。
「その程度でおひぃさん、嫌ったりでけへんから気にせんでええよ」
「そうか、愛されてるな」
 笑いながら俺の後ろについてくる一織が、普段のお返しとばかりにふざけてくる。
「そやで。意外と好きや」
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