「意外じゃなくて全力でこいよ」
 俺の心ひそかな本音は、一織の俺が一織を恋情で好きになるわけがないという思い込みにより簡単に茶化された。願ったり叶ったりではあるが、それが少しだけ物足りない。
「いうても全力でバーンと来られたら困るやろ?」
「お前に限ってバーンはねぇから構わない」
 俺と一緒におり声のトーンも下げているからというのもあるが、これだけの人がいる中で爽やかぶれていないのは少しの動揺である。けれど動揺しながら、的確にものをいう。一織らしくて笑みがこぼれそうである。
 俺の全力というのは、全力で体当たりをするということではない。力を分散させ、行き場をなくさせるという方法になる。傍目に見てもその全力を向けられたものからしても、全力だととらえにくい。
「たまにはガツンといくで、俺も」
「たまにっていつだよ」
「プロポーズとかやろか」
「それはまた縁遠そうな」
 縁が遠いのは俺なのか一織なのか。場合によっては文句の一つも言いたいところだ。
 そうしてあいた席を探しながら歩いていると、ここがあいてますよと手を振る輩が見えた。おそらく近くに座るのを避けられた結果に違いないとわかる、見ているこちらを不安にする輩だ。
「ところですごくアピールされているが、友人か?」
「友人ちゅうか先輩っちゅうか」
 俺は軽く会釈をして、その不安になる先輩を周りと同じように避けようとした。
 しかし先輩はその得物とは違い、静かにはしてくれない。
「はーんそーくチャン」
 いくらばらしたようなものといってもこれほど、変装後の名前を堂々というやつもいなかった。周りが一気に静かになり、ひそひそと話し始める。いつもの食堂にはない静けさだが、非常にうるさい。
 その人が俺を呼んだのはおそらく協奏の仕込みと、本人の性格ゆえだろう。協奏は俺の騒ぎを利用したいといってくれたので、煽るのも手伝うつもりらしい。
 それは今のところ成功しているようだ。急に食堂にあった敵意が強くなった。
「呼ばれてもうたら、無視できひんなぁ……」
 俺はその敵意を意識の端にとどめ、苦笑する。この場でとびかかってくれれば、息をひそめている三年生の一部を巻き込めるのに、そうはならなかったからだ。
 しかたなく煽り続けるしかない。
 今さっき煽ってくれた人はやはりこちらが不安になるような笑顔で、思い切り手を振る。その人は焦点……九我里先輩だ。
 俺は先輩と同席していいかと了解を求めるために一織に目を向けた。一織はなんだかつまらなさそうな顔をしていたが、頷く。
「そういうのやめてくれませんかね」
 俺は先輩に呼ばれるままその隣に座る。先輩はわからないなぁという顔をして、フォークを手に取った。先輩の容姿のせいでなんとなくフォークとの組み合わせが怖い。
「いいだろ、別に。いまや皆知ってることだ。な?」
「そやろけども、直接宣言したわけとちゃうしなぁ」
 今の会話で宣言したようなものだが、断言はいまだにしていなかった。一織もそうだ。ずっと暗殺者だとにおわせてきたが、断言はしていない。
「じゃあしちまえば? どうせバレてんだし、すっきりするだろ。なぁ、カミさん」
 しかし一織は知り合いでもない九我里先輩に、爽やかな面を見せるばかりだ。爽やかすぎて俺からも本人の反応がよくわからない。
「それにくわえ、こんな関係ですよって、もっとアピールすべきだろ」
「もっと?」
 九我里先輩があまりなことをいいだしたので、さすがの一織も爽やかながら尋ねるしかないようだ。俺の向かい側で首を少しだけ傾げ、話を促した。
 おかげで俺の鳥肌が肩から一気におりてくる。
「そう。ぎゅーだのちゅーだの」
「ぎゅーだのちゅーだの……」
 先輩のことばを繰り返す一織は、困惑しているようだ。俺に視線で問いかけてくる。この野郎は一体なんだと。
 そう、一織は九我里先輩の変装後の姿は知っているが、普段の姿を知らない。こんな悪いものを摂取して育ったといわんばかりの容姿を持つ先輩に、親し気にアピール方法を教えられても困るだろう。ただでさえ、仮とはいえ俺と付き合うということに慣れないのだから、余計だ。
「ぎゅーにちゅーねぇ……」
 俺は一織の視線をしばらく楽しんで、顔を崩す。どちらをしてもまず間違いなく、一織に嫌がられることだろう。
 俺のヘラヘラとした顔を見て、先輩はフォークを皿の上でクルクルと回す。麺が短いのかフォークにうまく巻き付かず、まるで先輩の不満を表しているようだ。
「すぐそうやって誤魔化す」
「いやいや、やって、そんなバカップル」
 一織は一織で一向に先輩の説明をしない俺に不満があるようで、視線が困惑から、だんだん射すようなものに変わってきている。人前だというのに明らかに不機嫌だ。
 そんな様子は外から見ると、ちょっとした三角関係か何かに見えるかもしれない。俺と先輩が仲良くしているだけに、一織の視線が嫉妬しているようにも見える。
「いいじゃねぇか、バカップル」
 見えるのではなく、本当に嫉妬していたらしい。
 一織は急に立ち上がると、俺の胸倉をつかんで引っ張り上げ、噛みついてきた。暗殺者らしい殺気すら感じる一撃だ。
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